「がはっ!」
カラン……。
赤毛のチンピラリーダーは白目を剥き、よだれを垂らしながらその場に崩れ落ちた。
一撃悶絶。
あのさぁ。いくらわたしが超絶美少女だからって、仮にもリーダーさんが腹パンチ一発で陥落って、ちょっと油断しすぎじゃない?
見ると、後ろの
ダーメだこりゃ。
「多少なりとも骨があるかと思ったんだけどパンチ一発でダウンか。大したことないのね。もういいわ、興味なくした。終わりにしましょう」
軽くため息をつきつつ懐からピンク色の
ピンクアイボリーの木を削って作られた可愛い杖だ。
「フィアット ルックス(光あれ)」
始動キーを唱えたわたしの目の前に白い光がポっと現れる。
光はわたしの杖の動きを正確にトレースし、何もない空間に直径二メートルほどの巨大魔法陣を描き出した。
こんな田舎町では魔法を見る機会もないのか、何だ何だとチンピラたちが魔法陣の前に集まり覗き込んだ。
一緒に銀行に閉じ込められた他の客たちも、何が起こっているのかと離れた位置から隠れてわたしの様子を見つめている。
「ジガス ディ プーギョス(巨神の拳)!」
次の瞬間――。
どのような生き物のものか。
差し渡し二メートルもある毛むくじゃらの巨大な拳が魔法陣から猛スピードで飛び出すと、行内にいたチンピラたちをまとめてぶっ飛ばした。
ドカァァァァァァアン!!
バキバキバキバキャァァァァァァアアア!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
衝撃の凄まじさは
魔法陣から飛び出したパンチは、チンピラたちに当たっただけでは飽き足らず、そのまま銀行の壁をぶち破った。
破壊された壁ごと猛烈な勢いで外までふっ飛ばされたチンピラたちが、一人残らず路上で伸びる。
巨大な拳は出たとき同様素早く魔法陣に引っ込むと、それを合図に魔法陣は霧のように薄れて消えた。
通行人がワサワサと集まってきて伸びたチンピラたちを遠巻きにしているのが、拳の形に大きく開いた壁の穴越しに見える。
ギャラララララララーーーー。
危機が去ったと判断したのか、銀行内の各場所に降りていた鉄格子が音を立ててゆっくりと天井へ格納されていく。
それを見た行内に残っていた他の客たちも、ホっとした表情を浮かべた。
「お見事!」
カウンターから聞こえた無責任そうな賞賛の声とチャラい拍手に振り返ると、そこにご機嫌な表情のモジャがいた。
そのすぐ隣で白猫も笑いながら拍手をしている。
わたしはツカツカっとカウンターに近寄ると、モジャに詰め寄った。
「言っとくけど、わたしは強盗の被害者。返り討ちにしただけ。正当防衛よ? そのうち保安官もやってくるだろうけど、ちゃんとそう証言してよね! それと、壁の修理費用は全額アイツら持ち。分かった?」
「一方的にお嬢さんがボコったように見えましたが……ま、いいでしょう。口裏は合わせるとします。では早速先ほどの話の続きを。こちらにサインをいただけますか? お嬢さん」
モジャがニッコリ笑って、契約用紙を差し出した。
◇◆◇◆◇
銀行を出たわたしは、モジャモジャ髪の銀行員にもらったカードを天にかざした。
自分のサインが入った、手のひらサイズの黒い木の板だ。
魔法による特殊加工がされているようで、その薄さにも関わらず簡単に折れるような気配がない。
モジャによると、魔法のネットワークで世界中の銀行と繋がっていて、どこの銀行でも預けたお金を引き出せるらしい。
わたしのいた五百年前の世界にはなかった技術だ。
「ずいぶんと便利になったものね」
「五百年も寝こけていたもんね」
「あんたが起こさなかったからでしょうが!!」
わたしは、隣を歩きながら肩をすくめる白猫に向かってベェっと舌を出すと、先ほどまでいた銀行での会話を思い出した。
「エリン=イーシュファルトさんと。あ、ほら、今サインが光ったでしょ? これで銀行の魔法ネットワークと繋がったので、サイン一つでどこの銀行でもお金を降ろせますよ。口座には約二千万リール入っています。残りはどこかで換金するなりしてください。それとこちら。当座の活動資金として二十万リールほど引き出しておきました」
どうやらドラフマー金貨一枚分だけこの銀行で処理してくれたらしい。
モジャ
だけど、トレイに置かれた二十枚の紙幣を見ても、ずっとお城にいて自分の財布など持ったこともないわたしにはリールとやらの価値がさっぱり分からない。
素直に聞いてみることにする。
モジャが片眉を上げつつ答えた。
「ずいぶんとお育ちが良いようで。そうですね、宿屋一泊で五千リール、食事一回で千リールってところですかね。駅馬車は……今だと一区間で一律二千リールくらいだと思いますけど」
「そういえば御者さん、そんなこと言ってた。ありがと、モジャさん。助かったわ」
「モジャ……。ははっ。お嬢さんの旅の無事を祈っていますよ。お達者で」
やっと目を覚ましたのか、駆けつけた保安官によって強盗たちが連行されていく。
銀行に押し入っておいて余裕たっぷりだった様子から推察するに、あの青年強盗団はわたしが思っている以上に犯罪に手慣れた札付きなのだろうか。
ってことは、それなりに余罪もあるのかな? ま、たっぷり絞られるといいわ。
と、わたしの足元を白猫がチョコチョコ歩きながら話しかけてくる。
「わはは、モジャだって。言い得て妙なあだ名だな!」
「アル! さっきはよくも見捨ててくれたわね!」
「おいおい、あの程度のやつら、エリンの相手じゃないだろ? たまには高みの見物させてくれよ。あははっ」
ここでアルが急に真面目な表情になってわたしを見た。
「うん。やっぱりこの街には悪魔の書はないみたいだ。とっとと次の街に行こうぜ」
「まぁ小さい街だしね。オッケー、次行こ」