「……それで?」
私、
茶髪のチンピラ風の男と対峙していた。
「だ、だから金を返すのはもうちっと待ってくれねえかなあ。
いろいろうまくいかなくってさあ」
目の前の男は
私がヘッドハンティングしようとしている
彼をどうにか引き抜こうとしている最中にこの兄と出会い、その口車に乗って
満浩さんとの交渉を任せたのだが、これが大失敗だった。
見た目と態度通りのクズな人生を歩んできたようで、恨まれてはいても
慕われてはいない。
身長180cm以上はあろうかというこのクズの脅しに、満浩さんは
堂々と渡り合い……
彼の意外な一面を見る事が出来たので、それはそれで良かったけど。
しかしどうして同じ兄弟でこれだけの差が出るのか―――
そこには生命の神秘すら感じてしまう。
私が大げさにため息をつくと……
何を勘違いしたのか彼は予想外の提案をして来た。
「なぁ、お
どうせ彼氏もいないんだろ?」
「は?」
思わず真顔になって間の抜けた声を出してしまう。
この男はいったい何を言っているのだろうか?
「俺も女は何人も知っているからよぉ。
あいつにも人生の先輩としてそれを教えてやる前に、実家から
離れちまったからなぁ。
アンタも独り身で寂しいんだろ?
俺ならいろいろ満足させてあげられるぜぇ?」
バカだバカだとは思っていたがここまでとは―――
私は眼鏡をくい、とかけ直すと、
「若い頃はもてたみたいですけど、今は誰も残っていないんでしょう?
どんな女性と付き合ったのかは知りませんけど、要は彼女たちは
全盛期の外見のあなたにしか興味は無かったという事ですよ。
つまり人間的な魅力はゼロだったという事ですね」
飲み物に口をつけながら話すと、反論出来ないのかただ私をにらみつける。
「だいたい、よくその突き出たお腹と脂ぎった顔で口説けたものですね。
ああ、手遅れかも知れませんが頭頂部も気を付けた方がいいですよ?
かなり薄くなってきておりますので」
一応は気にしていたのか、彼は口を一文字に結び―――
「分割でも構いませんからきちんとお金は返してくださいね。それじゃ」
そう言って席を立とうとしたところ、
「待てよ」
私を呼び留めた彼は、口元に
「そんな事言ってもいいのかよぉ、あ?
俺があいつに、アンタとその会社に頼まれたってバラしてもいいんだぜぇ?
わかってんのかぁ?」
「…………」
呆れて物も言えなくなった私をまた勘違いしたのか、調子に乗って続ける。
「自分の立場がわかったかよ?
ならよぉ、また金貸してくれねーか? 前と同じでいいから」
「バラせば?」
被せるように発した私の言葉に彼はきょとんとした表情になる。
さらにそのまま続けて、
「ずいぶんと満浩さんに信頼されているんですね?
あなたの言う事を素直に信じてくれるなんて―――
よっぽど兄弟仲がよろしいんですのねぇ」
立ち上がった私を見上げながら、彼は視線を反らす。
この手の脅しは、情報源が信用出来なければ意味はない。
そして自分に信用があるかどうかは、この男が一番わかっているはず。
「ヒッ」
情けない声が彼の口から発される。
私が顔の横ギリギリに蹴りをかすらせたからだ。
「先ほども言いましたが、お金を返すのは分割でもいいですよ。
それと―――
私、売られたケンカは買うタイプですので。
今日の事は覚えておきますわ」
私は一礼すると喫茶店の出入り口へと向かい、
店を出るまで、彼の声も何の音も聞こえてはこなかった。
それを確認した私は端末を手に、
「とはいえ、満浩さんにご迷惑をかけたのは事実だし……
やっぱり一度謝った方がいいかしら」
手にした端末をしまうと、私はいったん本社へと戻る事にした。