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第11話『非力だとしても、仕事は最後まで、僕は僕のままで』

『絶、この件は僕に対応できると思うか』

『さあの、無理だと思えば無理じゃあないかの。でも、やる以外の選択肢があるのかえ?』

『ああ、そうだな』


 正直、僕には厳しいのかもしれない。

 だけど、僕が僕としてある意味を全うするんだ。

 そう、祓魔師として。


「て、あれ? 普通に話せたな?」

「そうじゃの」

「そんなの聞いてないよ?」

「だって、聞かれてないからの」


 ぐぬぬ、なんて屁理屈を。

 二通りで話せるなんて、まるでスマホじゃねえか。便利すぎるだろ。


「そういえば、今更なんだけど絶の力を借りるってどういうことなんだ?」

「ふむ。はて、知らぬ存ぜぬって言ったら、主様は怒っちゃう?」

「ああ」

「正直なところ……てへっ」


 片目でウインク、舌をチョロッと出して、ああ可愛いね。


「てへっ。じゃあねえんだよ!」

「なるほど、少しばかり違かったのかのぉ――てへぺろ」


 片目でウインク、真っ白い歯茎をチラ見せしながら舌を甘噛み。

 うーん、これはさっきより点数高いな。


「じゃあねーんだよ!」

「主様やい、あの毒舌生娘に言われておったが、密かに芸人とやらを目指して……?」

「んなわけあるかぁ! あーあーあー、もういい。こんなところで道草を食ってる場合じゃないんだ。あー仕事仕事」


 全く付き合ってられない。

 僕は、僕の仕事をしっかりと実行するんだ。


 だが、この状況はあまり良いものだとは言えない。


 白霊体が行き着く先、廃霊体。

 これが、温厚平和な白霊体が攻撃的になってしまう過程。

 廃霊体に完全移行してしまうと、簡単に祓うことは愚か、送ることはできず、葬り去る他なくなってしまう。


 それが今、目の前で起きようとしている。


「んで、隣を歩くお嬢さんは何をお手伝いしてくださるので」

「隣で、応援とか?」

「はいはい、それはとても助かるよ」


 白霊体を祓うために必要なのは、対話。

 相手の心に引っ掛かっている棘を会話で見抜いて、取り除く。

 とか、格好の良いことを言っているけれど、実際はこれに限らない。


 このやり方は、非情に非効率とされている。

 代わりに、僕のような新米祓魔師がとる常套手段。

 なぜなら、体力の消耗を抑えられるから。

 ちなみに、強引に祓うこともできる。

 だけど僕はそれを良しとしない。

 だってそうだろう、白霊体となってしまったとしても元は人間。確かに生きていたんだから。


 これは意地なのかもしれない。

 だが、これは僕の信念、だ。


「――これで残り二人」


 合掌を解き、腰を下ろす。

 いけない、体力の限界が近づいている。

 息が上がる、腰が重い、力が入らない。


「主様の決め事に文句を言うわけじゃないのじゃが……急がないと」

「わ、わかっているさ。くっ、自分の不甲斐なさが悔しい」

「妾が手伝えば、一瞬で――」

「わかっているだろう、それだけは絶対にダメだ」

「ふぅむ……」


 これがただの偽善だというのはわかっている。

 結果的に祓うのだから、その過程にこだわったところで何かが変わるわけでもない。

 実際、祓魔師育成の学校に通っている時も、最初の最初以外はやる必要がないと教わった。


 でも、"彼ら彼女ら"は確かに生きていたんだ。

 亡くなる前は誰と変わらない日常を生き、幸せを感じ、息を吸って、ご飯を食べて。

 そんな人達を、作業のように祓うなんて僕にはできない。


 わかっている、これはただの意地だ。


「くっそ」

「じゃあ、ほんの少しだけ力を使うとしよう。主様の想いを裏切らないよう」


 絶はそう言うと、僕の顔の横にしゃがみこむ。


「一体何をするつもりだ」

「ほうれ」


 絶は僕の顔の前に顔を出し、唇から出る血を僕の口に垂らした。


 たった一滴、そのたった一滴が口に入った瞬間、体が疼いた。

 体が跳ね上がるような、一瞬だけ意識がずれたような、激しいめまいに襲われたような。

 すると、体に異変がすぐにわかった。


 今まで体が鉛のように感じられたのに、それがすぅーっと抜けていく。

 疲労なんて最初からなかったかのように。


「おい、マジかよ」

「凄いじゃろ」

「凄すぎるぜ。だけど、こんなことをして僕は本当に人間なのか?」

「さあ?」

「冗談キツイぜ。祓魔師が怪異になった、なんてこの世の誰一人として笑ってはくれないぞ」

「かっかっかっ。妾は笑うてやるぞ?」

「マジで、冗談キツイぜ」


 いや、本当に。


「まあ、安心するのじゃ。主様と妾は契約を果たし主従関係になったじゃろ? 従者が主様をどうにかできてしまっては、本末転倒じゃろうて」

「それもそうか。とりあえず、感謝する。これで立派に仕事を……――」


 なんてことだ。これは、僕の落ち度だ。責任は僕にある。


「――絶、物凄く力を借りるかもしれない。何をどうかと言われるとわからないけれど」

「承知した」


 僕は息を呑む。

 これから、初めてに挑まなければならない。


 ――廃霊体。


 資料程度にしか把握していないが、こうして目の当たりにすると足が竦んでしまう。

 あれを一言で表すと、巨人。

 物語の敵で表すなら、ゴーレム。

 その体は全長三メートルぐらいだろうか、正確な数値はわからないけれど、見上げるほどの大きさというのは確実。

 四肢なんかもう、僕の体四人分はあるんじゃないだろうか。

 非力な僕を四人並べたところで、というのはあるけれど、あの太さは車程度なら吹き飛ばすのが容易いだろう。

 当然、その中心となる体は……もう、何も例える必要がない。あえていうならば、自動車がそこにある。


 さて、ここまでくると意地は通用しない。

 なぜなら、こうなってしまうと言葉が通用しないからだ。

 だが、廃霊体は全部が全部同じ見た目をしているわけではないし、個性も人それぞれ。

 このまま近づいて、祓うならば今までとあまり変わらない、いつも以上に体力を消耗するだけだ。


 まずは一歩前へ。


「なるほど、これはダメだ」


 僕の一歩、たった一歩に気づいて顔をこちらに向け始めた。

 顔、というにはバケツに目のような光が点いているぐらいだけれど。

 誰が上手いことを考えたのか、廃霊体の色は灰色。

 だったら最初から廃霊体ではなく灰霊体でよかったのでは、とも思う。


「主様、どうするのじゃ」

「どうするもこうするも……ぶっちゃけわからない」

「それで祓魔師とは、良きったものよの」

「うるさい、僕はまだ新米なんだぞ。喧嘩だってしたことのない優等生が、あれと殴り合えっておかしすぎるだろ」

「優等生なら、可能性から対処法を用意しておくと思うのじゃが」

「うるさーいっ」


 冗談を言っている場合じゃない。

 一歩、一歩とゆっくりではあるか確実に足を進めてきている。

 絶に言われたわけじゃないが、一応の対処法はある。

 今の僕は体力が回復しているため、僕自身の気を廃霊体に何回か打ち込む。これだ。


 だけど、あんな巨人を前に近づくって、ぶっちゃけ正気の沙汰じゃない。


「絶、僕を投げ飛ばすことってできるか?」

「お望みとあらば」

「いやすまない、今のは忘れてくれ。例えばの話、絶は気を引いて、僕が近づくってのはどうだろうか」

「一応言っておくが、妾が何かの手違いで殴ってしまった場合、一撃で終わってしまうが文句を言わないでくれるなら」

「わかった、今のも忘れてくれ。じゃあ――」


 は?


「は? ――あがっ、あ、あ、あ、あああああ、ああああああああああああああああああああああああ!」

「主様、ちょいと失礼」


 絶は僕とを抱えて廃霊体から大きく距離をとった。


「痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛いいだいいだい」


 ふざけんな。こんなことがあっていいのか。

 ふざけるな。こんなことがあっていいのか。


 僕の右腕が、なくなっている。

 代わりにあるのは、大量の出血。


「痛い、おえ――痛い痛い痛い痛い痛い」


 吐き気が止まらない、痛みが止まらない、理解が追いつかない。

 なんでどうしてなんでどうしてどうしてどうして。


「立たないと、次が来てしまう」

「無理だ! 立てっこない!」


 僕はこのまま死ぬのか。いいや、死ぬ。

 こんなところで、あっけなく。


「嫌だ! 死にたくない! 嫌だ!」


 僕は叫ぶ。

 情けなく叫ぶ。

 惨めに、目の当てられないくらいに、ただ叫ぶ。


 だが、次の瞬間、僕の右頬にとても痛い衝撃が走った。


「見損なったぞ天空!」

「なっ――」

「妾の主様は、惨めでも情けなくても馬鹿らしくても、信念だけは曲げない世界一格好の良い男だ」

「……」

「いつも誰かのために、自分のことなんかいつでも後回しにして、誰かのために。誰かのために言葉を使い、誰かのために行動する。そういう男だ」


 ……ったく、好き放題言ってくれるぜ。


「生きたいのならそこに座ってるが良い。妾が――」

「たくよ、痛てえっての」


 ああ、そうだな。

 僕は僕のことを一瞬でも忘れてしまっていた。


 左手で肩を抑え、ゆっくりと膝を突きながら、ぎこちなく体重を操って立ち上がる。


「ふっ、手加減はしたつもりじゃがの」

「痛てえよ、心が。でも、ありがとう。おかげで、僕が僕を見失わずに済んだ」

「それでこそ、妾の主様じゃ」

「オッケー、良く見とけ。お前の主はこれから晴れ舞台に行くぞ」

「ふふ、惚れそうじゃわい」

「いいんだぜ、惚れてくれても」

「じゃがその前に――っと」


 絶は、僕のを片手に右側へ回る。

 そして、激痛。


「うぎっ!」

「っと、こんな感じかの」

「痛ってーよ、何すんだよ! ――って、あれ?」

「惚れるには、その腑抜けた雄叫びを治してからじゃないと無理そうじゃな」


 なんだよこれ。

 僕の腕が繋がってるじゃないか。

 おいおいおい、これ、僕は本当に人間なのか?


「主様やい、最後の手助けじゃ。ほれ」

「うおぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 絶からの喝、背中への平手一発で、僕は廃霊体と体が激突するほどぶっ飛ばされた。

 たぶん、何本か骨が折れている。


 だが、その甲斐あって大立ち回りをしながら戦う、ということがなく、すぐに方をつけることができた。

 どうやったかって? 可笑しな光景だけれど、ぶつかった衝撃でよろめいた廃霊体に張り付きながらお相撲さんのような平手打ち連打をしただけさ。

 かなり不格好かもしれないけれど、新米ぺーぺーの僕にできるのは、これが精一杯。


 全部が終わった後、やっぱり骨が沢山折れていたけれど、数分、いや数十分程度ぐらい寝ころんでいたら完治したという。

 そして、絶も気づけば姿を消していた。

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