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五百文字爆笑地獄
社川荘太郎
文芸・その他ショートショート
2024年11月22日
公開日
3,500文字
完結
 ここはどこだ。
 辺りを見回すが、真っ白い壁に囲まれたなにもない部屋だということしか分からなかった。
 すぐに壁の前面に文字が投影されているのに気が付いた。
 なにか物騒なことが書いているのかもしれない。不安に思いながら読んでみると、そこに書かれていたのはこんな文字だった。

『五百文字以内に私を爆笑させなければこの部屋から出ることができない』

第1話

 ここはどこだ。

 辺りを見回すが、真っ白い壁に囲まれたなにもない部屋だということしか分からなかった。

 すぐに壁の前面に文字が投影されているのに気が付いた。

 なにか物騒なことが書いているのかもしれない。不安に思いながら読んでみると、そこに書かれていたのはこんな文字だった。

『五百文字以内に私を爆笑させなければこの部屋から出ることができない』

 五百文字以内? 爆笑?

 全く意味が分からなかった。ただ、私とやらがどこかで俺のことを見ているのだけは分かった。

 ひょっとしてこれは映画やドラマで誰かが画面の向こうから俺のことを見ている? 馬鹿らしい。それに映画やドラマだと五百文字の意味が分からない。文字が関係するのならば漫画や小説――。

 あり得なくもないのかもしれない。こうして真っ白い部屋に閉じ込められるのは、漫画や小説でよく見る設定だ。 

 これが漫画か小説か見分ける方法が、一つだけあった。

 ………………。

 これで確定した。この変顔で誰も爆笑しないということは、小説だ。

 まずい。そうこうするうちに、もう五百文字が間近に迫っている気がする。

 仮に五百文字に到達するとどうなるのだろうか。

 そんなことよりも爆笑を取らねば――。

「おならぷぅ」




 ここはどこだ。

 そこは真っ白い部屋だった。

 少しずつ、記憶がよみがえってきた。そして次の瞬間には思い出したことを後悔した。

 残り時間――というか文字数がなかったとはいえ、なぜ俺はあんなことを言ってしまったのだろう。

 いや、悔やんでも仕方がない。まずは分かっていることを整理してみよう。

 ここはおそらく小説の中で、『私=読者』が俺のことを見ているのではないか。そして俺は五百文字以内に読者を爆笑させなければ、一文字目に戻りループから脱出することができないのだ。

 やばい。こうして考えるうちに、もう折り返しまできているような気がする。

 そもそも読者層が分からないのは不利ではないか。小学生ならばおならぷぅで大爆笑なはずなので、それ以上なのは確実だろう。だが、例えば女子高生とじじいでは笑いのツボは全く違うはず……。じじいでウケないということはやはり子供ではなさそうだ。

 そもそも一人というのも難しい。もう一人いれば、絶対に爆笑を取れるのに――。

 ダメだ、もう時間がない。何かしないとまたループしてしまう。

 とりあえずあるあるネタやります。

「運転中に取れた鼻くそを窓を開けて外に飛ばすとき、一応横に車が走ってないときに飛ばす」




 ここはどこだ。

 思い出す。そして後悔する。やはりウケないではないか。そもそも読者側に問題があるのではないか。

 そんなことを考えていたら、後ろから声がした。

「ん、ここどこだ?」

 驚き振り返ると、そこには黄色いスーツに身を包んだ男が立っていた。

「人だ、人がいる!」

「うわ、なに、テンション高」

 引かれてしまった。ただ、こうしてはいられない。こうしている間にもどんどん文字数を消費してしまう。

「文字数がないんです、なにも言わずに、俺と漫才してくれませんか」

「え、待って待って。おじさん誰?」

「そんなこといいから、私と漫才を――」

「いや、普通によくないっしょ。いきなり真っ白な部屋で目を覚まして、隣にいるおじさんから急に漫才してって言われて、はいそうですかってやる人間いると思う? いないでしょ」

「その通り、その通りなんだけど、ちょっとあんまり喋りすぎないで」

「え、なんで」

「いや、文字数の都合とかあってね……、そもそも二人いるとカギカッコがいるから不利な気がする」

「よく分かんないけど、俺漫才なんてしたことないよ」

「大丈夫、俺が言ったことに『なんでやねん』ってツッコんでくれたらいいから」

「なんでやねん」

「早いよ!」




 ここはどこだ。ああ白い部屋か。

 周囲を見渡す。いつの間にか先ほどの黄色スーツの若者はいなくなっていた。

 またスベったわけだが、新たな発見もあった。俺がループ中に望んだことは、次のループで実現しているということだ。

 ただ今回はいつものただの白い部屋だった。さっきのループでなにも望まなかったからだろう。もういい。今回は捨てて、次に賭ければいいじゃないか。

 爆笑がかっさらえるなにかを部屋に発現させれば、きっとこのループも終わりだ。

 爆笑がかっさらえるなにか――なんだそれは。そんなものはない。そもそも小説とお笑いは相性が悪いのだ。五百文字というのも中途半端だ。千文字であれば二回は爆笑が取れるだろう。あとなんか体調も良くない。

 くそう。文句を言っていても仕方がない。いつだってあるもので、できることをやるしかないのだ。

 残りの文字数はわずかだが、今回は実験的に対象を絞ってやってみてもいいかもしれない。

 よし。

「先日、ワイフに言ったんだ。俺と結婚してもう十年経つけど、後悔していないかいって。そしたらワイフなんて言ったと思う? 後悔すると思ったから、まだ婚姻届出してないの、ってさ。HAHAHA」

 読者はアメリカ人でもない、と。




 ここはどこだ。地獄の白い部屋だ。

 思うのだが、そもそもなぜ俺が読者を笑わせなければいけないのだ? 逆にお前らが俺を笑う努力をしてみたらどうだ。

 よし、今から服を脱ぐからな。俺の裸を見て笑え。ほら、この辺の肉なんてだるだるで面白いだろう。首元のほくろから毛が生えているぞ。二本だ。面白いだろう。笑え。白い鼻毛が伸びているぞ。面白いか。笑っていいんだぞ。

 なんだろう、目から水が落ちてきた。

 チクショウ。なんだって俺がこんなことを。

 俺がめそめそと泣いていると、不意に、天井から声が聞こえた。

「パパ、しっかりして!」

「あなた、目を覚まして」

 それは男の子と若い女性の声だった。

 次の瞬間、俺の脳裏にフラッシュバックする映像があった。

 赤いスーツに身を包み妻子に見送られながら家を出る俺。お笑い賞レースの決勝に出るために車でテレビ局まで向かう俺。そして都市高速に乗ったところで逆走してきた車に衝突――。

 そうだ、そして俺は意識を失ったのだった。

 俺は奇妙な臨死体験をしてるのだろうか。

 そういえばあいつは、あいつはどうしてるんだ。あいつがいないと俺はネタも書けないし喋れないし何もできないのだった。

 誰か助けてくれ。誰か……。




 ここはどこだ。白い部屋だ。

 だがただの白い部屋じゃない。隣にはいつも横にいた相方がいた。

「相方!」俺はいつもの青いスーツを着た相方に抱きついた。

「やめろ。そして相方のことを相方って呼ぶのお前くらいだからな。それで、ここどこ? マネージャーからお前死にかけてるって聞いたけど」相方はいつも通り、冷めた感じで言った。

「それが五百文字以内に読者を笑わせないとここから出られないらしくて」

「……よく分かんないけど頑張れ」

「一緒に頑張ろ?!」

「そもそもなんで読者を笑わせないといけないの」

「生き返るための試練、的な?」

「芸人の癖に笑わせるのが試練って、お前神様からもゴミ芸人と思われてるじゃん」

「誰がゴミ芸人だ」

「お前しかいないだろ。どうせここでもおならぷぅとかやってスベってたんだろ」

「おならぷぅはウケてたよ!」

「ウケてたらもうここにいないんだよ!」

「そうでした」

「まあいいけど、死なないんだよね」

「たぶん」

「俺、スタジオで待ってるよ?」

「うん、行けたら行く」

「あと黒いネクタイ持ってたら貸してくんね?」

「来ると思ってないよね!? しかも死んだ人に借りる!?」

「一応差し入れて塩持ってきたけど」

「まだ祓わないで!」




 ここはどこだ。

 改めて辺りを見渡す。たくさんの観客に五人の審査員。そしていくつものテレビカメラ。お笑い賞レース決勝の風景。これは俺が望んで発現した世界なのだろうか。それとも――。

「皆さん、俺が人気なのは知ってますがそんな歓声あげないで」俺は手を上げて言う。

「これ悲鳴だろうが。お前が包帯ぐるぐるで出てくるから。こいつ事故で死にかけてたんですよ。それでしたみたいですね、臨死体験」

「あれは大変だったね」

「血の池地獄とか入ったんだよね」

「臨死のレベル超えてるよ!?」

「閻魔様から、君キモいんでちょっと天国の方行ってくれるかなって言われて」

「微妙に気使われてるのが傷つく」

「天国にも馴染めなくて戻ってきたんだよね」

「俺の臨死体験切なすぎるだろ。バイトすぐ辞める学生か」

「それは違うと思いますけど」

「失礼」

 いつの間にか、もう五百文字を超えるころだ。それでここが現実か白い部屋だった場所かはっきりする。

 ただ俺はここが現実の世界だと確信していた。

 こんな面白い時間が、たったの五百文字で終わって良いわけがないのだ。俺のポンコツお笑い道は、ここから一万字だって一億字だって続いていくのだから。

 会場は爆笑に包まれている。

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