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第56話 迎えに来たよ・1

 カレンが王都へ行ってから、半年が経ったある日のこと。


 王都ディヴォスは真っ白な雪景色に包まれている。


 カレンはディヴォス教会の聖女服を身に着けていた。アウリス教会の聖女服と色は同じだが、より体の線を強調する形で、洗練されたデザインだ。カレンは聖女服の上に襟元に毛皮をあしらったケープを羽織り、暖炉の火を見ながらぼんやりとしていた。


 ここはカレンの自室である。王都にあるディヴォス教会は、王城から近い場所に建っている。まるで王城と競うように巨大で贅を尽くした造りは、どちらが王の城なのか分からないなどと住民達が揶揄するほどだ。


 構造はアウリス教会と似ていて、周囲を高い塀で囲い、教会の隣にはディヴォス騎士団の館がある。教会の中が入り組んでいて、聖女の部屋が奥まった場所にあるのもアウリス教会と同じ造りだ。


 カレンはディヴォス教会から広い部屋を与えられ、そこで一日の殆どを過ごしていた。彼女には侍女も二人ついていて、身の回りの世話は彼女達が何でもやってくれていたので不自由は何もなかった。




 揺らぐ炎を見ていたカレンの耳に、突然誰かが揉めている声が届いた。音のする方に目をやると、侍女が開いた扉の前で、誰かが入ってくるのを必死に止めているのが見える。


「お待ちください。先にカレン様にお伝えしてから……あの、殿下……!」


 侍女の言葉に怪訝な顔を浮かべたカレンは、一人掛けのソファから立ち上がる。侍女を押しのけるように部屋に入ってきたのは、エリック王子だった。


 エリックは部屋の中にずかずかと入ってきて、カレンの前に立つとにっこりと微笑んだ。



「やあ、カレン。約束通り、君を迎えに来たよ」



「……エリック様? な、なんでここにいるんですか?」

 カレンはようやく言葉を発した。

「なんでって、カレンを迎えに来たんだよ。今からアウリスに帰るからね。あ、君達。悪いんだけど急いでカレンの荷物をまとめてくれない? 荷物はローランに運ばせるから」


 エリックはテキパキと指示を始めた。エリックに言われた二人の侍女はオロオロしながら、言われた通りに荷造りを始めた。エリックの従騎士ローランは部屋の中に入り「カレン様、お久しぶりです!」と背筋を伸ばす。


「今から……? 帰る……?」

「そうだよ。言ったでしょ? 早く帰れるように僕がなんとかするって。本当はもっと早く迎えに来るつもりだったんだけど、半年もかかっちゃってごめんね」


 じわじわとカレンの心に、実感が広がっていく。

「本当に、帰れるんですか?」

「本当だって。着替えたらすぐに出発だからね」

 エリックは最後に会った時と何も変わらない笑顔でカレンに言った。



♢♢♢



 カレンは分厚いコートと手袋を身に着け、エリックと並んでディヴォス教会の廊下を歩く。エリックも襟元を毛皮で覆う厚手のコートを身に着けている。


「あの、何も言わずに出て行って大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ、もう大司教と話はついてるから。外に馬車を待たせてあるから、急ごう。昼のうちに次の宿に着いておきたいんだよね」

 エリックはまだ事態が掴めないカレンを連れ、侍女に案内させながら廊下をどんどん先に進む。やがて教会の外に出たカレンは、冷たい風に思わず身を縮めた。


「今日は冷えるね……さあ、あれが僕達が乗る馬車だよ」

 エリックが指した先に、大きくて立派な馬車があった。後ろにもう一台荷馬車があり、傍らには使用人らしき者達と、護衛の騎士もいた。彼らも皆エリックと同じコートを着ていて、吐く息は白い。


 カレンの侍女達が、膝掛けを彼女に手渡した。

「カレン様。馬車の中は冷えますから、こちらをお使いください」

「ありがとう。今まで色々お世話になりました」

 カレンは膝掛けを受け取ると、二人の侍女に礼を言った。


「とんでもございません。聖なる炎を持つ聖女様のお世話ができて、光栄でした」

「カレン様にはよくしていただき、感謝しております」

 二人とも急な出発にも関わらず、エリックの指示でてきぱきとカレンの支度を済ませた有能な侍女である。三人はしばし見つめ合い、笑顔で「元気でね」「カレン様も」などと別れを惜しんだ。


 エリックのエスコートでカレンは馬車の中に入る。中は広くてゆったりとした造りだ。カレンに続いてエリックが乗り込む。従騎士ローランは、後ろの荷馬車にカレンの荷物を載せ、自身の馬にまたがった。


 カレンは馬車の窓からディヴォス教会を見上げた。半年間過ごした場所との別れは、あまりにあっけないものだった。




 教会の正門から外に出た所で、馬車は再び止まった。


 カレンが不思議に思って窓の外を見ると、そこにはずらりと馬に乗った騎士がいた。その中の一人が馬から降り、馬車に近寄って来て扉を開けた。


「エリック殿下」

 その騎士は涼し気な目元に整った顔立ちをした男だった。彼の顔には緊張が浮かび、まだ若くカレンとあまり年が変わらないように見える。


「ジェフリー、待たせて悪いね。カレン、彼はブラッドの弟のジェフリーだよ」

「え! ブラッド様の弟!?」


 カレンは驚いて、改めてジェフリーの顔を見る。言われてみればダークブラウンの髪の毛といい、顔立ちといい、どこかブラッドに似ている気がした。


「カレン様。あなたの話は兄から聞いています。アウリスまであなたをお守りするよう、兄から言われています」

「は、はい。よろしくお願いします」

 ジェフリーはカレンに騎士の敬礼をした。ブラッドの弟は、領主邸で領主を守る仕事をしていると以前ブラッドから聞いていた。若いがしっかりした騎士のようだ。


「僕はわざわざ領主様の所から騎士を借りる必要はないと言ったんだけどね。ブラッドは心配性だから」

 エリックはカレンに苦笑いをして見せた。


(ブラッド様が、私の護衛の為にわざわざ弟に頼んだんだ……)


 久しぶりに聞いたブラッドの名に、カレンの胸はざわついた。

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