部屋で過ごしていたカレンの所に、従騎士アルドが訪ねてきた。
「カレン様、すぐに着替えてください。教会でセリーナ様がカレン様に会いたいと仰っています」
「ああ……明日出発だから挨拶したいのかな。ちょっと待ってて、アルド」
アルドを外で待たせ、カレンは急いで聖女の服に着替える。教会へは明日の出発の際に挨拶をするつもりだが、明日セリーナとゆっくり話す時間はなさそうなので、今話したいのだろう。
着替えが終わったカレンはアルドと一緒に教会へ向かった。
アルドの案内でセリーナの部屋に向かう。セリーナの部屋は聖女の部屋の中でも最も奥にあり、最も広くて豪華だ。
部屋の前に着いたカレンはアルドに話しかける。
「先に戻ってていいよ。帰りは誰かに送ってもらうから」
「いえ、ここで待ちます」
「アルドも忙しいでしょ?」
「カレン様を館まで送り届けるまでが仕事ですから」
アルドはキリっとした顔で言い切る。以前セリーナの部屋にカレンを連れてきた時は先に帰ったアルドだが、さすがに聖女となったカレンを置いて帰る気はないようだ。
「アルド、今まで色々迷惑かけてごめんね」
突然のカレンの言葉にアルドは目を丸くした。
「……いえ、僕もカレン様には色々とご迷惑を……」
「アルドはきっといい騎士になれるよ。頑張ってね」
カレンはアルドに微笑む。
「はい、カレン様をお守りできるよう、立派な騎士になります」
アルドは背筋をピンと伸ばした。
「言うじゃない。期待してるよ?」
カレンはニヤリと笑い、アルドを軽く小突いた。
「やめてください」
文句を言うアルドの顔には、微かに笑みが浮かんでいた。
セリーナの部屋に入ったカレンは、相変わらずの豪華さに圧倒されていた。恐ろしく広い部屋の中には段差があり、一番低い所に美しい花を浮かべた池がある。
「カレン、こちらにいらして」
一番高い所に真っ白なテーブルと真っ白な椅子があり、セリーナはそこに腰かけていた。プラチナブロンドの髪は美しく、身体を動かすたびに揺れる彼女の服はまるでパーティドレスのように華やかだ。筆頭聖女であるセリーナの服は他の聖女と着ているものが違う。真っ白な生地に銀の刺繍が施され、肩が大きく開いていて、セリーナの華奢な肩と首があらわになっている。
カレン達他の聖女は淡いブルーグレーのロングワンピースで、あまり派手ではないデザインだ。セリーナと比べるとかなりの差がある。
カレンはセリーナに呼ばれ、彼女の向かい側に座る。セリーナの侍女がすぐに紅茶を持ってきて、二人の前に紅茶を置いた後、その場を離れた。
「明日出発でしょう? 今しかあなたと話せる機会がないと思ったの。急に呼び出してごめんなさいね」
優雅な手つきで紅茶を一口飲んだ後、セリーナはカレンに微笑んだ。
「いえ、私もセリーナ様にご挨拶したかったので、ちょうど良かったです」
「なら良かったわ。出発の準備は済んでいて?」
「はい……と言っても、あまり荷物もないので」
「そうよね……服は向こうで用意してくれるものね。ディヴォス教会の聖女の服は、アウリスのものと違うのよ。あちらの服は王都らしい、華やかなものなの」
「そうなんですか、楽しみです」
カレンは紅茶を一口運ぶ。リンゴの爽やかな香りが鼻を抜けた。
カップを置いた所で、カレンは部屋の片隅に多くの荷物があることに気がついた。
「あれ? セリーナ様。引っ越しでもするんですか?」
絵やソファや胸像、多くの服などが無造作に積まれているのを見ながら、カレンはセリーナに尋ねる。
「ああ、あれね……違うのよ。あれはサイラス様にいただいたものなの。全て処分しようと思って」
「サイラス様にもらったものを、どうして処分するんですか?」
不思議そうに尋ねたカレンに、セリーナは眉を下げて苦笑いする。
「実は、私……サイラス様との婚約を解消したの」
「え……?」
セリーナから返って来た思わぬ返答に、カレンは戸惑った。
「私、気づいてしまったのよ。自分の本当の気持ちに……」
微笑みながらセリーナは紅茶を口に運ぶ。なんだか嫌な予感がしたカレンは「本当の気持ちって?」と尋ねる。
「彼をずっと、待たせてしまったわ。彼の……ブラッドの気持ちに気づいていながら、私はそれに蓋をしていたの。でも、ようやく覚悟ができたわ。私は彼の想いを受け入れることにしたの。だからサイラス様とは結婚できない」
カレンの頭が急にぼんやりとしてきた。
「そ、そうなんですか……ブラッド様は、何て言ってるんですか?」
セリーナは恥ずかしそうに微笑む。
「まだブラッドには話していないの。婚約解消したばかりだから、少し時間を置いてから伝えるつもりよ」
「……そうですか……きっと、ブラッド様は喜ぶでしょうね」
「ふふ、そうね……長い間、彼の気持ちに応えることができなかったから。喜んでくれたら嬉しいわ」
その後、カレンはセリーナと何を話したのかよく覚えていない。とにかく笑顔でその場をやり過ごし、紅茶を飲み終わって席を立った。
カレンを待っていたアルドは、カレンの顔色が悪いことに気づいた。
「カレン様、どこか具合でも?」
「……え? 大丈夫だよ。何でもないよ」
カレンはアルドに心配をかけないよう、笑ってごまかした。教会の廊下は硬い大理石の床だが、カレンはなんだか床がぐにゃぐにゃしているような感覚の中、ただ足を前に出していた。
部屋に着いたカレンは、そのままベッドに倒れこんだ。顔を手で覆い、身体を震わせて泣いた。
やがて外が暗くなり、エマが食事を持ってくるまで、カレンはそのままベッドに横たわっていた。