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第54話 出発前夜・2

 部屋で過ごしていたカレンの所に、従騎士アルドが訪ねてきた。


「カレン様、すぐに着替えてください。教会でセリーナ様がカレン様に会いたいと仰っています」

「ああ……明日出発だから挨拶したいのかな。ちょっと待ってて、アルド」


 アルドを外で待たせ、カレンは急いで聖女の服に着替える。教会へは明日の出発の際に挨拶をするつもりだが、明日セリーナとゆっくり話す時間はなさそうなので、今話したいのだろう。

 着替えが終わったカレンはアルドと一緒に教会へ向かった。




 アルドの案内でセリーナの部屋に向かう。セリーナの部屋は聖女の部屋の中でも最も奥にあり、最も広くて豪華だ。


 部屋の前に着いたカレンはアルドに話しかける。

「先に戻ってていいよ。帰りは誰かに送ってもらうから」

「いえ、ここで待ちます」

「アルドも忙しいでしょ?」

「カレン様を館まで送り届けるまでが仕事ですから」


 アルドはキリっとした顔で言い切る。以前セリーナの部屋にカレンを連れてきた時は先に帰ったアルドだが、さすがに聖女となったカレンを置いて帰る気はないようだ。


「アルド、今まで色々迷惑かけてごめんね」

 突然のカレンの言葉にアルドは目を丸くした。

「……いえ、僕もカレン様には色々とご迷惑を……」


「アルドはきっといい騎士になれるよ。頑張ってね」

 カレンはアルドに微笑む。

「はい、カレン様をお守りできるよう、立派な騎士になります」

 アルドは背筋をピンと伸ばした。

「言うじゃない。期待してるよ?」

 カレンはニヤリと笑い、アルドを軽く小突いた。

「やめてください」

 文句を言うアルドの顔には、微かに笑みが浮かんでいた。




 セリーナの部屋に入ったカレンは、相変わらずの豪華さに圧倒されていた。恐ろしく広い部屋の中には段差があり、一番低い所に美しい花を浮かべた池がある。


「カレン、こちらにいらして」


 一番高い所に真っ白なテーブルと真っ白な椅子があり、セリーナはそこに腰かけていた。プラチナブロンドの髪は美しく、身体を動かすたびに揺れる彼女の服はまるでパーティドレスのように華やかだ。筆頭聖女であるセリーナの服は他の聖女と着ているものが違う。真っ白な生地に銀の刺繍が施され、肩が大きく開いていて、セリーナの華奢な肩と首があらわになっている。

 カレン達他の聖女は淡いブルーグレーのロングワンピースで、あまり派手ではないデザインだ。セリーナと比べるとかなりの差がある。


 カレンはセリーナに呼ばれ、彼女の向かい側に座る。セリーナの侍女がすぐに紅茶を持ってきて、二人の前に紅茶を置いた後、その場を離れた。


「明日出発でしょう? 今しかあなたと話せる機会がないと思ったの。急に呼び出してごめんなさいね」

 優雅な手つきで紅茶を一口飲んだ後、セリーナはカレンに微笑んだ。

「いえ、私もセリーナ様にご挨拶したかったので、ちょうど良かったです」


「なら良かったわ。出発の準備は済んでいて?」

「はい……と言っても、あまり荷物もないので」

「そうよね……服は向こうで用意してくれるものね。ディヴォス教会の聖女の服は、アウリスのものと違うのよ。あちらの服は王都らしい、華やかなものなの」

「そうなんですか、楽しみです」

 カレンは紅茶を一口運ぶ。リンゴの爽やかな香りが鼻を抜けた。


 カップを置いた所で、カレンは部屋の片隅に多くの荷物があることに気がついた。


「あれ? セリーナ様。引っ越しでもするんですか?」

 絵やソファや胸像、多くの服などが無造作に積まれているのを見ながら、カレンはセリーナに尋ねる。


「ああ、あれね……違うのよ。あれはサイラス様にいただいたものなの。全て処分しようと思って」

「サイラス様にもらったものを、どうして処分するんですか?」

 不思議そうに尋ねたカレンに、セリーナは眉を下げて苦笑いする。


「実は、私……サイラス様との婚約を解消したの」


「え……?」

 セリーナから返って来た思わぬ返答に、カレンは戸惑った。


「私、気づいてしまったのよ。自分の本当の気持ちに……」


 微笑みながらセリーナは紅茶を口に運ぶ。なんだか嫌な予感がしたカレンは「本当の気持ちって?」と尋ねる。


「彼をずっと、待たせてしまったわ。彼の……ブラッドの気持ちに気づいていながら、私はそれに蓋をしていたの。でも、ようやく覚悟ができたわ。私は彼の想いを受け入れることにしたの。だからサイラス様とは結婚できない」


 カレンの頭が急にぼんやりとしてきた。

「そ、そうなんですか……ブラッド様は、何て言ってるんですか?」

 セリーナは恥ずかしそうに微笑む。

「まだブラッドには話していないの。婚約解消したばかりだから、少し時間を置いてから伝えるつもりよ」


「……そうですか……きっと、ブラッド様は喜ぶでしょうね」

「ふふ、そうね……長い間、彼の気持ちに応えることができなかったから。喜んでくれたら嬉しいわ」




 その後、カレンはセリーナと何を話したのかよく覚えていない。とにかく笑顔でその場をやり過ごし、紅茶を飲み終わって席を立った。


 カレンを待っていたアルドは、カレンの顔色が悪いことに気づいた。

「カレン様、どこか具合でも?」

「……え? 大丈夫だよ。何でもないよ」


 カレンはアルドに心配をかけないよう、笑ってごまかした。教会の廊下は硬い大理石の床だが、カレンはなんだか床がぐにゃぐにゃしているような感覚の中、ただ足を前に出していた。




 部屋に着いたカレンは、そのままベッドに倒れこんだ。顔を手で覆い、身体を震わせて泣いた。


 やがて外が暗くなり、エマが食事を持ってくるまで、カレンはそのままベッドに横たわっていた。

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