日々はあっという間に過ぎ、いよいよ明日、カレンは王都に出発する。
カレンはブラッドに挨拶をする為、彼の副団長室を訪ねていた。
「いよいよ明日だな」
副団長室に一人でいたブラッドは、普段通りの姿に見えた。カレンが王都に行くことが決まってから、ブラッドはエリックと違い、冷静だった。
ブラッドはセリーナの決定に従う人だ。カレンはそのことをよく知っている。セリーナに正面から逆らうようなことはしないだろう。
野営地でブラッドに手を握られてから、カレンはブラッドの好意を感じていた。ひょっとしてブラッドはセリーナを諦め、自分を好きになってくれるかもしれないと思っていた。だがそれは彼女の幻想に過ぎなかったのだ。
何度もブラッドに期待し、その度にセリーナとの絆を見せつけられて落ち込む。その繰り返しだった。
「あっという間に出発の日が来ちゃいましたね」
カレンは努めて明るく振舞う。ブラッドは微妙な笑みを浮かべながら、椅子から立ち上がりカレンの前に立った。
「教会の都合にお前を巻き込んですまないと思ってる。一年経ったら必ずお前を迎えに行く。教会が何を言おうと無理矢理にでも連れ帰る。だから、頑張ってくれ」
ブラッドの表情はなんだか悲しそうで、カレンは彼の様子に戸惑う。
「あ……ありがとうございます。そこまで言ってくれるなんて、気持ちだけでも嬉しいです」
(セリーナ様が反対しても、ブラッド様は私を迎えに来てくれますか?)
明るく言いながら、当然口にはできないことを心の中で呟く。
「俺は本気だ。今回のことは……これで本当に良かったのか、ずっと考えてる」
ブラッドは俯き、首を振る。
「セリーナ様の言い分も分かるよ。だがカレンが、王都でただ利用される為だけに向こうに送られるのだとしたら……」
「ブラッド様、もういいんです。私を利用したいなら、好きなだけ利用すればいい。私は一年経ったら必ず帰ってきます。私の家はここですから。住民票はないですけどね」
カレンは笑みを浮かべ、おどけたように言った。
「カレンは本当にいい女だな」
急にブラッドにそんなことを言われ、カレンは動揺した。
「え……いい女ですか? それって誉め言葉?」
「もちろん、最高に褒めてる」
ブラッドは口元に笑みを浮かべながら、カレンをじっと見つめている。
カレンは急に黙り込んでしまった。
「どうした?」
「……あの、ブラッド様」
「うん?」
ブラッドは笑みを浮かべたまま、カレンに聞き返した。
「あの……明日王都に行ったら……しばらくブラッド様とは会えなくなるじゃないですか」
カレンは思い切ったように口を開いた。
「一年って話だけど、その通りになるかも分からないし……だから、その……今夜、私と二人で会ってくれませんか?」
ブラッドは驚いた顔でカレンを見つめた。
「次、いつ会えるか分からないから……思い出にしたいんです。ブラッド様との……」
そこまで言った所で、カレンは自分の顔が耳まで赤くなるのを感じた。ブラッドの顔を見ると、彼は戸惑った顔で何を言おうかと迷っているようである。
カレンは真っ赤になりながら、慌てて手を振った。
「ごめんなさい! ちょっと感傷的になっちゃって……変なこと言っちゃいました! 忘れてください!」
慌てて部屋を出ようとしたカレンの手を、ブラッドが掴んだ。
「カレン」
カレンが振り返ると、真剣なブラッドの顔があった。
「あの……本当にごめんなさい。わ、私帰ります」
「カレン。今夜、俺の部屋で待ってる」
「は……はい……」
ブラッドの言葉に驚いたカレンは口を開けたまま、静かに頷いた。
副団長室を出た後、廊下を歩きながらカレンは顔を手で覆う。
(とんでもないこと言っちゃった……!!)
つい早足になりながら、カレンは自室まで急ぐ。部屋の中に入った後、熱い顔を両手で覆いながら部屋の中を落ち着きなく歩き回る。
(何で急にあんなこと言っちゃったんだろ? ブラッド様、絶対引いてたよね……?)
あの時のブラッドの驚いた顔を思い出すと、カレンは頭を抱えて叫び出しそうになる。だがブラッドは、カレンの申し出を受け入れた。つまり今夜、彼の部屋で二人は会うことになる。
(……今夜の夕食はエマに部屋まで持ってきてもらおう。食堂でブラッド様と顔を合わせるなんてできないよ)
カレンは気持ちを落ち着かせようと、深く深呼吸をした。