セリーナと二人きりになったカレンは、何を言われるのだろうと緊張しながらセリーナの言葉を待っていた。
「……カレンの気持ちはよく分かるわ。突然こんなことを言われても、納得いかないわよね」
「どうしても行かなきゃいけないものなんですか?」
セリーナは眉を下げながら、静かに頷いた。
「あなたには負担をかけて申し訳ないと思っているわ。でも王都を守る為なの、ぜひ協力して欲しいと思っているわ」
「でも……どうして一年も?」
カレンはそもそも王都に行きたくはないが、行ったとしてもすぐに戻れるならいいと思っている。だが一年というのは少し期間が長すぎる。
「聖なる炎に力を与えても、その力は一時的なものよ。魔物の勢いを削ぐ為には、ある程度の期間、王都に滞在してもらわなければならないの。理解してちょうだい」
なんだかセリーナは王都の人間みたいだ、とカレンは彼女が熱心に話す姿を見て思った。
「それは分かりますけど……」
「カレン、あなたの力をアウリスの為だけに使ってはならないわ。それが聖なる炎を持つ聖女としての、あなたの使命でもあるのよ」
セリーナの説得に、もう断れないと感じたカレンは渋々頷いた。
「……分かりました。王都に行きます」
「分かってくれて嬉しいわ」
セリーナはホッとしたように微笑んだ。
「それで、いつ頃王都に向かえばいいんですか?」
「今度の『新月の夜』までには王都に来て欲しいと手紙には書いてあったわ。迎えをこちらに寄越すそうよ」
「今度の新月の夜……!? もうあまり日がないじゃないですか。王都まではどれくらいかかるんですか?」
「馬車なら七日ね。馬ならもう少し早いけれど」
こちらからの手紙の返事を待ち、それから迎えに出発したのでは、新月の夜までにカレンを王都に連れ帰るのは日数的に間に合いそうにない。
(つまり、最初から私が断る選択肢なんかないわけだ)
王都の教会の強引なやり方にカレンは不快感を持った。
セリーナは、顔がみるみる険しくなっているカレンの背中を、そっと労わるように撫でた。
「カレン、私はいつでもあなたの味方よ。ディヴォス教会ではあなたを大切に扱ってくれるはずだけど、私からも手紙でお願いしておきますから。大司教のアラリック様はとても素晴らしい方ですから、何も心配はいらないわ」
「そうですか……大司教様のことをよくご存知なんですね」
セリーナは一瞬目を逸らした後、カレンに微笑む。
「ええ、昔一度お会いしたことがあるの。ディヴォス教会は最大限の敬意を持ってあなたを迎えるはずよ。頑張って務めを果たしてちょうだいね」
「はい……セリーナ様」
カレンは渋々、セリーナに笑顔を作って見せた。
♢♢♢
「そんな……一年も……!?」
部屋に戻ったカレンは、着替えを持ってきたエマに王都行きの話をした。
「そうみたい。嫌だけど、セリーナ様に頼み込まれちゃったし」
カレンはすっかり元気を無くしていた。聖女としての生活にも徐々に慣れてきたところだったのだ。それなのに突然知らない教会に行けと言われ、彼女の頭の中は不安でいっぱいだ。
「王都だなんて……急すぎるし、一年なんて長すぎるわ。カレンはアウリス教会が守るはずじゃなかったの!?」
エマはカレンの代わりに怒っていた。
「仕方ないよ。王都の魔物が力を増してるとかなんとか……私の力を使わなきゃいけない時なんだって」
「……それはそうかもしれないけど……」
まだぶつぶつとエマは文句を言っている。自分のことのように怒ってくれるエマを、カレンは嬉しく思った。
「しばらく会えなくなるけど、帰ってきたらまた私のお世話係をお願いしてもいい……?」
「何言ってるの! 当たり前じゃない! いつでも待ってるからね」
エマは腰に手を当てながら眉を吊り上げた。
「ありがとう……」
カレンは目を真っ赤にしている。エマは「もう! こっちまで泣いちゃうじゃない!」と目を潤ませ、二人は抱き合った。
♢♢♢
王都への出発が刻々と近づくある日、いつものように教会で祈りを済ませたカレンが騎士団の館に戻ってくると、エリックがカレンの帰りを待ち構えていた。
「やあ、カレン」
「おはようございます、エリック様」
エリックはカレンに微笑みながら近寄って来た。
「大丈夫? もうすぐ王都に行くことになるけど」
「……はい。もう覚悟はできました。王都にはコーヒーがあるんですよね? 楽しみです」
カレンは気持ちを隠すように、わざとらしく明るく振舞う。
「一年っていう約束だけど、できるだけ早く戻れるように僕がなんとかするから」
「そうなったら嬉しいですけどね」
カレンは苦笑いで答えるが、エリックの表情は真剣そのものだ。
「僕を信じてよ。カレンをディヴォス教会のものになんてさせないからね」
「じゃあ……信じます」
あまりに真剣なエリックに少し戸惑いながら、カレンは頷いた。
エリックはカレンに顔を寄せ、声を潜める。
「なんだかおかしいって、カレンも思ってるでしょ? 王都の聖女が、力が足りないなんてあり得ないよ。カレンを呼ぶ口実に決まってる」
「それは……そうかもしれないですけど、私には分からないです」
「ディヴォス教会は王国の中央教会なんだよ? 聖女の質も高いし、数も多いんだ。カレンを無理矢理連れ出すより、理由をつけた方がいいと思ったんだろうけどさ。それにアウリス教会もどうかしてるよ。カレンを簡単に引き渡すなんて」
エリックは感情をむき出しにして怒っていた。エリックは教会のやり方に不満があるようだ。カレンもエリックと同じ気持ちだが、今更どうにもならないとすっかり諦め気味である。
「でも、もう決まったことですから……」
「セリーナ様もおかしいよ。あんなにカレンを大事にしろと言っていたくせに。彼女は理想ばかり掲げて、現実が見えてないんだよ」
カレンはふと思い出したようにエリックを見た。
「王都行きは、セリーナ様に説得されたんです。セリーナ様はまるで王都側の人みたいに熱心でした」
「……へえ、セリーナ様が君を説得したんだ?」
エリックは首を傾げ、顎に手を当てて何か考えていた。