カレン達が討伐を終えて騎士団の館に戻った後のある日のこと。
カレンはオズウィン司教に呼び出され、教会にある彼の執務室に入った。部屋の中にはオズウィン司教が一人でいた。
「すぐに他の者も参りますので、お待ちください」
「あ……はい」
部屋の中央に置かれた机の前には、布を掛けられた四角い板のようなものが立てかけられていた。あれは恐らく、先日見つかったカレンに似た女性が描かれた絵に違いない。
「あの、オズウィン司教。少しお聞きしたいことがあるんですけど」
ふと思い立ち、カレンはオズウィンに尋ねた。
「はい、何でしょう? 私で分かることでしたら何でもお答えしますよ」
「先日の魔物討伐でのことなんですけど……裂け目を塞ぐ時、あの中になんだか恐ろしいものがいた気がして。他の聖女達には見えていなかったみたいなんです」
オズウィンは首をひねる。
「はて……恐ろしいもの、ですか。魔物はもう撤退した後のことですよね?」
「そうです。裂け目を塞ごうとした時、黒い塊のようなものが迫ってきて、誰かの嫌な感情が身体の中に流れ込んでくるような感覚があって……すごく怖かったんです」
「ふうむ……そのような話を聖女から聞いたことはありませんが……」
オズウィンは不思議そうにカレンを見た。
「やっぱり他の聖女には見えてないんだ……」
オズウィンなら何か知っているかと思ったが、司教すら知らないのなら誰にも分からないのかもしれない。カレンは顎に手を当ててうーんと唸る。
「カレン様には他の聖女には見えないものが見えているのかもしれませんね。私も少し調べてみましょう。うちの教会にも学者はいますし、領主様の屋敷にも優秀な学者がいます。彼らは魔物に関しての知識を多く持っていますから、手紙を書いて尋ねてみるとしましょう」
「助かります、オズウィン司教」
カレンがお礼を言うと、オズウィンはにっこりと微笑んだ。
その時、扉が開いてようやくブラッドとセリーナ、それにエリックの三人が入って来た。
「お待たせしました、オズウィン司教」
ブラッドがオズウィンに挨拶をすると、司教は「これで全員ですね」と言い、彼らの前に立つ。
「皆様をお呼びしたのは他でもありません。先日見つかった、カレン様に似た女性の絵に関しての話です」
「何か分かりましたか」
ブラッドはカレンをちらりと見ながらオズウィンに尋ねた。
「ええ……絵の女性が誰なのか、正体が分かりました」
「誰なのです?」
セリーナもオズウィンをじっと見つめる。
オズウィンは絵に掛けられていた布を静かに外した。カレンに似た女性の笑顔が現れ、カレンはその絵に目をやる。
「この女性は『聖女エリセア』様を描いたものと思われます」
「聖女エリセア?」
エリックが絵を見つめながら呟く。
「はい。この女性はアウリス教会にいた聖女と思われます。ただ、正式な記録がない方でした」
「正式な記録がないとは?」
ブラッドが眉をひそめる。
「はい……この方はどうやら、特別な力を持つ聖女様だったようです。つまり、カレン様と同じ『聖なる炎を持つ聖女』だったのです」
オズウィンの言葉に、ブラッド達は驚いた顔で互いに顔を見合わせた。
オズウィンは自分の机に戻り、引き出しから一冊の本のようなものを取り出すと、静かに机の上に置いた。
「私がアウリス・ルミエール教会に来たのは十五年前。それ以前のことは分かりませんので、以前のことを他の者に尋ねましたが、エリセア様のことを知る者は何故か誰もおりませんでした。そこで私は、絵を持って前の司教であったイーモン様を訪ねました。イーモン様は当時のことを全て忘れておいででしたが、絵を見せると急に様子が変わり、私にこれを渡したのです」
オズウィンは机の上にある本を指した。
「これは、エリセア様が書いた日記です。彼女に関する記録はこれしか見つかりませんでした。イーモン様は、この日記をなぜ大切に保管しているのか分からず、書庫の奥に長年しまい込んでいたそうです。ですが絵を見た瞬間に、過去のことを思い出したと仰いました」
カレンはごくりと唾を飲む。
「エリセア様は、カレン様と同じ『聖なる炎を持つ聖女』でした。その力を利用されないよう、騎士団の館で隠れて暮らしていたようです」
「私と同じだ……」
カレンがポツリと呟く姿を、ブラッドはじっと見る。
「今から二十三年前、エリセア様は魔物討伐の為にノクティアに向かいました。そこでエリセア様は亡くなってしまったようです」
「二十三年前?」
思わずカレンは聞き返す。カレンの年齢は二十三歳。この数字の一致は偶然なのだろうか。
「ノクティアに? 何があったんだろう」
エリックは顎に手を当てる。
「二十三年前、ノクティアでは魔物の力が強まり、激しい戦いが続いていました。エリセア様は応援の為に向かったと思われます」
「確かに昔、そういうことがあったと聞いている」
「思い出したよ。僕達が応援に行った時と同じ状況だね」
ブラッドとエリックは顔を見合わせた。
「文献では、当時の戦いでノクティアの聖女様が奇跡を起こし、魔物を一掃してノクティアの危機を救ったとあります。ですが全てを思い出したイーモン様は、それは違うと仰いました……実際に奇跡を起こし、ノクティアを救った聖女はエリセア様だと。エリセア様が命と引き換えにノクティアを救ったに違いないと……」
エリックはため息をつきながら話す。
「それは『聖女フェリシア』のことだね。ノクティアを救った聖女と言われている人だ。彼女はダリオン叔父さんの妻なんだ」
「ダリオン……ノクティアの領主様ですよね?」
「そうだよ、カレン。まあ、あの夫婦は仲が悪くて……僕もしばらく彼女に会っていないけどね」
エリックは苦笑いしている。
「……何故エリセア様のことを誰も覚えていないのかは謎ですが……ノクティア教会はそれを幸いとし、自分の所の聖女様を祀り上げたのでしょうね」
「不思議な話だ……で、オズウィン司教。そのエリセア様とカレンの関係についてはどう考えているんです?」
ブラッドはカレンに目をやりながらオズウィンに尋ねた。
「ここから先は、私とイーモン様の間で話された憶測に過ぎません。エリセア様は二十三年前に亡くなったとされています。そして今年、聖女エリザベータの墓の前に突然現れたカレン様。時が止まっていない限り、二人が同一人物とは考えられません。しかし、二人はまるで生き写しのように良く似ています」
「……私は、教会の前に捨てられてたって……両親が誰かも分からない、誰が捨てたかも分からないって……」
カレンは呆然としながら呟く。
「恐らくですが、エリセア様は『聖なる炎』を守ろうとして、カレン様の国に自らを逃がしたのではないでしょうか。カレン様は赤子の姿で向こうに現れ、あちらの国で成長された。そして再び、こちらに戻ってこられたのではないでしょうか?」
「それは……カレンは聖女エリセアの生まれ変わりだと言うことですか?」
セリーナは眉間に皺を寄せながら呟く。
「あくまで、私とイーモン様の考えですが……その可能性は高いかと」
カレンも、ブラッドもエリックもセリーナも、オズウィンの憶測に誰も異を唱えなかった。彼らはしばらくの間黙り込んでいた。
オズウィンはカレンに近づき、彼女にエリセアの日記を渡した。
「この日記は、カレン様が読むべきものです。あなたにお渡しします」
カレンは頷き、震える手でエリセアの日記を受け取った。