魔物は次々と騎士の手によって倒され、ようやく裂け目から魔物は出てこなくなった。
「魔物は撤退したようだ。聖女様を呼べ」
サイラス団長の指示で、聖女達は騎士に守られながら裂け目の近くまで連れてこられた。カレンも勿論一緒である。
地面に出来た裂け目は大きく、見える地の底は漆黒の闇。裂け目の周囲は瘴気が漂い、草木は全て枯れている。
ブラッドはカレンの隣に立った。
「後はこの裂け目を閉じ、土地を浄化すれば討伐は終了だ。ここからは聖女様に頑張ってもらうしかない。カレン、よろしく頼む」
「……分かりました」
カレンは裂け目を見つめながら頷く。
「初めてのわりに、カレンは落ち着いてるな。普通、初めて来た聖女は魔物を見て怯えたり、泣いたりするものだが」
「……セリーナ様も、そうでした?」
カレンが不意に発した言葉に、ブラッドの目が動揺で泳いだ。
「……そうだな。泣いたりはしてなかったが、怯えていた。彼女が最初に魔物討伐に出たのは十五の時だから、まだ子供だったし仕方がない」
「その頃から、セリーナ様のことを知ってるんですね」
「まあ……そうだ」
ブラッドは戸惑ったような顔でカレンに答える。
「そうですよね、セリーナ様とは長い付き合いですもんね」
ブラッドが何か言おうと口を開いた時、エリックが「カレン! 早くこっちに」とカレンを呼んだ。
「はい! 今行きます」
カレンは慌ててエリックの所へ駆け出して行った。
カレンは他の聖女達と共に、裂け目の更に近くまで行く。騎士達は聖女達から少し離れ、彼女達を見守っている。
カレンの足元ぎりぎりまで大地の穢れがある為、騎士はここまで来られない。聖女達は目を合わせ、同時に両手を前に突き出した。聖女達の手から放たれた青白い光が、真っすぐ裂け目の中に飛んで行く。
地鳴りが響き、割れた地面が徐々に元に戻っていく。辺りが揺れる中、倒れないように踏ん張りながらカレンも両手をかざし続けた。
その時、裂け目の中からカレンは気味の悪い気配を感じ、全身に鳥肌が立った。
(なに……これ?)
聖女に封じられようとしている裂け目から、それに抗うように人の悲鳴のような音がした。
怒り、悲しみ、嫉妬、恥、欲望、ありとあらゆる人間の闇の心が真っ黒な塊となり、カレンに襲い掛かってくる。
カレンは焦って隣の聖女に声をかける。隣の聖女は首を傾げ、口を動かして何か話しているようだが、裂け目の音がうるさく全く聞こえない。
(私にしか聞こえてないの……?)
カレンは更に祈りを強めた。すると彼女の身体が青い炎に包まれ、一気に燃え上がった。カレンの身体を包んだ炎は、そのまま地面を走り裂け目の中に入っていく。
「カレン!」
カレンの耳に、ブラッドの声が聞こえたような気がした。気が遠くなりそうになりながら、カレンはなんとかその場に踏ん張っていた。裂け目の中に入った青い炎は爆発的に広がり、強い光を発して周囲を包んだ。
あまりの眩しさに、その場にいた全員が目を閉じた。
ようやく光が収まり、再び目を開けた彼らの前に広がっていたのは、何事もなかったように閉じられた裂け目と、すっかり穢れが払われた大地だった。
全てが終わった後、その場に倒れそうになるカレンにブラッドが駆け寄り、彼女の身体を支えた。
「大丈夫か? カレン」
心配そうに顔を覗き込むブラッドに、カレンは「大丈夫です」と弱々しく微笑む。
「良かった……またノクティアの時みたいに倒れるかと」
ブラッドの顔には不安の色があった。
「カレン! すぐに馬車に戻って休もう」
エリックも慌ててカレンに駆け寄る。カレンの手を取ろうとするエリックに、ブラッドは「俺が馬車まで連れていく」と言い、カレンの身体をひょいと抱え上げた。
「えっ、あの……大丈夫です、一人で歩けますから」
「無理するな」
ブラッドは何故か怒ったような顔で言い、カレンを抱えたまま歩き出した。エリックはあっけにとられた顔で二人を見送る。
「すみません……」
ブラッドに抱えられて歩く姿を、騎士や聖女達がみんな見ているのだ。カレンは恥ずかしさで耳まで赤くなっていた。
「お前は少し、力の使い方を覚えた方がいいな」
「はい……」
カレンは小さな声で答えた。