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第44話 初めての魔物討伐

 魔物討伐の一行は、沢山の人々に見送られながら出発した。カレンは聖女達の中で一番経験が浅いにも関わらず、最後尾の馬車に乗る。馬車の中にはカレンが一人で乗り、他の聖女は馬車に二人ずつ乗っている。カレンは「特別な聖女」なのでこの扱いは当然だと周囲は言うが、どうにも居心地が悪い。


 お昼前に出発し、夕方には野営地に到着した。アウリス領でもノクティアと同じく、あちこちに野営地として使用する為の砦がある。砦は古く、かなり昔から使用されているようである。周囲を囲む石の塀と、少し高い建物がある構造はノクティアと全く同じだ。


 野営地に到着したカレンは、しばらく馬車の中で待たされた後、ようやくエマがやってきて建物の中に案内された。階段を上がり、古い木の扉を開けると狭い部屋があった。木の枠しかないベッドと、簡素なテーブルがあるだけの部屋である。


「ごめんね、まだベッドが出来上がってないの。夜までには終わらせておくから……」

「大丈夫だよ、エマ。ありがとう」

 使用人の仕事が忙しいことを知っているカレンは、エマに気遣った。後で呼びに来ると言い残し、慌ただしくエマは部屋を出て行った。


 カレンは小さな窓から外を覗いた。中央に大きなたき火が設置され、塀にも次々と灯りが灯っていくのが見える。騎士達は中央に集まり、サイラス団長がなにやら話している姿が見える。

 この後彼らは簡単な食事を取った後、現地の様子を見に行ったり野営地で作戦を立てたり、明日の討伐に向けて準備を進めていく。


 討伐にはカレンの他に四人の聖女が同行するので安心ではあるが、失敗の許されない仕事である。緊張しているのは勿論なのだが、何故かカレンの心の中には不思議な感覚があった。


(なんだろう、この感じ。行くべき場所に行くというか……)


 カレンは自分の手のひらを見つめた。彼女の手のひらに青白い炎が蝋燭のように現れる。それは見ていると落ち着く、暖かな光だった。



♢♢♢



 その日は早めに休み、翌日を野営地で迎えた。聖女は野営地の中では勝手に動き回るなと指示される。聖女を狙うのはどうやら魔物だけではないらしい。教会にとって最も重要な聖女を誘拐し、金銭を要求する山賊もいると聞き、カレンは震えあがった。

 カレンが自由に動ける範囲は、建物の中と中央の広場くらいのものである。とにかく常に人目がある場所にいるようにと、ブラッドから言われている。彼らの異常とも思える警戒心の強さは日々感じてはいたが、そういう事情なら仕方がないのかもしれない。


 時間を潰しているうちにあっという間に夜になり、いよいよ出発となる。ノクティアの時と同様に、聖女達は野営地に残る者達に祈りを捧げる。

 騎士は馬に乗り、聖女は馬車に乗って移動する。近いとは言っても目と鼻の先というわけではないようで、しばらくカレンは馬車に揺られて進む。出発時に濃い青色だった空は、到着する頃にはすっかり闇夜に変わっていた。

 目的地に到着し、馬車を降りたカレンは他の聖女と一緒にかがり火の近くに行く。現地は深い闇に包まれていて、灯りがないとほんの少し先ですら見えない状態だ。


 カレンは多くの騎士が集まる姿をぼんやりと眺めていた。かがり火の灯りの向こう側にある暗闇の奥に、何か恐ろしいものが蠢く気配を感じる。


(あの奥に何かいる……)


 吸い寄せられるように暗闇の奥を見つめていたカレンは「さあ、始めましょう」と聖女の声を聞いてハッと我に返った。

 聖女達全員で声を掛け合い、胸の前で手を組んで一斉に祈り出す。すると騎士達が持つ剣が強く光り出し、その光はどんどん共鳴していき、周囲を明るく照らした。

 彼らが持つ剣は、教会で聖女の加護を受けているものだ。聖女の加護がある剣は、魔物に致命傷を与えることができる。また、その光は夜の闇を明るく照らすので、騎士は暗闇の中でも戦いやすくなるのだ。


 剣の光で周囲が明るくなり、騎士達の向こう側にあるどす黒いもやのような塊が露わになった。あれが魔物が現れる印と言われる「瘴気」である。


(だいぶ明るくはなったけど、もっと明るくできないかな)


 カレンは組んでいた両手を離し、手のひらを上に向けた。手のひらが光った後、蝋燭が灯るように青い炎が現れる。その炎をじっと見つめると、炎がみるみる大きくなっていった。

 カレンの顔よりも大きくなった炎を、勢いよく空に放り投げる。カレンが作った青い炎は風船のようにフワフワと浮かんで行き、やがて騎士達の頭上で大きく膨らんだかと思うと、強い光を放ちながら弾けた。




「何だ!?」

 ブラッドは驚いて頭上を見上げる。彼らの頭の上には、小さな青い炎が星のように無数に広がっていた。

「カレンがやったんだね。凄いや」

 エリックは今から魔物と戦うというのに、まるで少年のように目を輝かせ、頭上に浮かぶ青い炎を見上げていた。この炎のおかげで周囲は更に見通しが良くなり、瘴気の全体像が完全に見えるようになった。


「……あの聖女、聖なる炎を自在に操れるのか」

 サイラス団長は、まるで不気味なものを見るかのような目つきで、遠くにいるカレンを見ていた。


「凄いわ、カレン様。聖なる炎があれば、騎士様も力を発揮できるでしょうね」

 聖女達も初めて見る光景にあっけにとられている。カレンは照れくさそうに笑った。なんとなく思いつきでやったことだが、どうやら役に立ったようだ。


 それから少しして、いよいよ魔物がやってくる時がきた。突然地鳴りのような音がした後、地面がぐらぐらと揺れた。立っていられないほどではないが、震源に近いせいか強い揺れである。


 揺れが収まった後、裂けた地面から這い出すように魔物が次々と現れる。


 魔物の異変に、ブラッド達はすぐに気づいた。


「弱ってる……?」


 魔物は裂け目から這い出してきたものの、なんだか動きが遅い。いつもなら驚くほどの素早さで襲い掛かってくる魔物が、まるで酔っぱらったような動きでフラフラと足元がおぼつかない。


 ブラッドはよろよろと向かって来た魔物を簡単に斬り捨てた。

「聖なる炎は単に聖女に力を与えるだけじゃない。魔物の力も弱めるのか」


 ブラッドもエリックも、他の騎士達もその時、カレンが持つ聖なる炎の力の凄さに、少しの恐ろしさすら感じたのだった。

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