いつものように教会で過ごした後、騎士団の館に戻って来たカレンを従騎士アルドが待ち構えていた。
「カレン様、サイラス団長がお呼びです」
「サイラス団長が? 今?」
「はい。着替えはいいですから、すぐに来てください」
カレンは首を傾げながらアルドに着いていく。カレンはサイラス団長とまだ話したことがない。体が大きく髭面で少し怖そうに見える男なので、彼に何を言われるのだろうとカレンは緊張しながら団長室に入った。
団長室にはサイラスの他にブラッドもいた。ブラッドの顔を見てなんとなくホッとしながら、カレンは大きな机に座るサイラスの前に立った。ブラッドは座るサイラスの横に立っている。
サイラス団長の年齢は三十五歳。目つきは鋭く、相手を射る様な視線がいかにも歴戦の騎士といった感じだ。これほどの強面なのに聖女セリーナには弱く、彼女が教会に入って間もない頃からずっと求婚していたのだという。セリーナとは十五も年が離れているが、一年ほど前に婚約を成立させた。サイラスの熱心さにセリーナが根負けしたというのがもっぱらの噂である。
(ロリコン髭おじさん)
サイラスの顔を見ながら心の中で変なあだ名をつけつつ、カレンはすました顔で「初めてご挨拶させていただきます。カレンと申します」と丁寧に挨拶をした。
「あなたの話はブラッドから聞いている。どうやら聖なる炎を持つ聖女だとか」
「はあ……どうやら、そうみたいです」
「あなたの力には期待している。早速だがカレン様、次回の魔物討伐にあなたも同行してもらいたいのだが」
もうこの話が来たか、とカレンは思わず背筋を伸ばした。聖女の最も重要な役目が、魔物討伐への同行である。怪我をした騎士を癒し、魔物に穢された大地を浄化しなければならない。
「……わ、分かりました。でも私はつい最近聖女になったばかりで、上手くできるか自信がありませんが……」
「討伐に同行する聖女はあなただけではない。十分な人数の聖女があなたと一緒に行くことになる」
「それなら良かったです」
カレンがホッとした顔を浮かべると、サイラスはその鋭い目で睨むようにカレンを見た。
「我々騎士団も、あなた一人に命を預ける気はないのでね」
サイラスの言葉に一瞬その場が凍る。ブラッドは無言のまま鋭い視線をサイラスに送った。カレンは体がこわばり、上手く言葉が出なくなった。
「サイラス団長、カレンの力を信用できないと?」
ブラッドが口を挟むと、サイラスはじろりとブラッドを睨んだ。
「そういうわけではない。だが俺は『ノクティアの奇跡』を見ていないからな。騎士の中でもカレン様の力を見たものはごく僅かだ。カレン様の実力がどのくらいのものなのか、彼らの中に疑う者がいるのは確かだ」
サイラスが疑うのは当然だ、とカレンは思った。どこから来たのかも分からない女が、使用人をしていたと思ったらいつの間にか「聖なる炎」を持つ聖女になっていた。カレンの存在そのものを奇妙なものとして彼は捉えているのだ。
「……サイラス団長、私は最善を尽くします」
サイラスの迫力に負けそうになりながら、カレンはなんとか言葉を振り絞る。サイラスはじっと睨むようにカレンを見た後、ふうと大きく息を吐いた。
「そう願おう。ブラッド、ノクティアから戻ったばかりで申し訳ないが、今回のアウリス討伐に同行してくれ」
「承知しました」
ブラッドが頷く。彼が同行してくれるなら安心だ、とカレンは安堵のため息を漏らした。
「それと、今回の討伐ではセリーナ様は教会に残ってもらう」
「何故ですか?」
ブラッドはサイラスの言葉に驚いて聞き返した。
「セリーナ様はノクティアの討伐でお疲れだ。今回は教会に残り、祈りを捧げてもらう。何か問題でもあるか?」
サイラスに睨まれ、ブラッドは「……いえ」と引き下がった。
「カレン様、それでは次回の魔物討伐をよろしく頼む。細かい指示は教会から聞いてくれ」
「は、はい。失礼します」
カレンはブラッドにちらりと視線を送る。ブラッドはカレンに頷き、カレンはそそくさと団長室を出て行った。
団長室を出て廊下を歩くカレンに、エリックが向こうから気づいて近寄って来た。
「やあ、カレン。団長室に何か用だったの?」
「エリック様。ロリ……サイラス団長に呼ばれたんです。今度の魔物討伐、私も行くことになりました」
エリックはパッと目を輝かせた。
「そうなんだ、おめでとう! これで君も一人前の聖女だね」
「……一人前になれるよう、頑張りますね。エリック様も団長室に用ですか?」
カレンは精一杯の笑顔をエリックに見せた。
「うん、さっき呼ばれたんだ。じゃあ用件は次回の討伐の話かな。よろしくね、カレン」
「はい、お願いします」
エリックは笑顔で去って行き、団長室に入って行った。
♢♢♢
サイラス団長との面会が終わり、団長室を出てきたエリックを従騎士ローランが待ち構えていた。
「エリック様、王城から手紙が届いています」
「そう、ありがとう」
エリックは手紙を受け取り、封筒を裏返した。そこに押されていた印璽は国王陛下のものである。
早速エリックはその場で手紙を開いて読み始める。
「ここで読むんですか?」
ローランは辺りを気にするようにキョロキョロしているが、エリックは全く意に介さず、手紙を真剣な顔で読んでいた。
手紙を読み終わったエリックは顔を上げた。その表情にはこらえきれない笑みが浮かんでいる。
「何か、嬉しい知らせですか? エリック様」
エリックは笑みを浮かべたまま、ローランに頷く。
「まあね。父上はカレンのことを既にご存知だ。僕に相応しい聖女が現れたと喜んでるよ」
ローランの顔がぱあっと明るくなる。
「……とうとう、エリック様が結婚を考える時が来たのですね!」
「気が早いよ、ローラン。でも……今まで結婚相手を選ばず、独身でいた甲斐があったかな」
エリックは手紙を見つめながら、まるで獲物を狙うような鋭い目つきになっていた。