目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第41話 誰の絵?

 夕食の時間になり、カレンは騎士の食堂へ向かった。

 騎士の食堂は二つの巨大な長いテーブルに椅子が並び、騎士達と従騎士達がずらりと並んで食事を楽しんでいる。夕食の時間は、特に何事もなければほぼ全員が揃い、ワインを飲みながらリラックスした時間を過ごすのが決まりだ。


(……二人に挟まれてる!)


 カレンが座ったのは一番端の席である。だが彼女の正面にはブラッド、彼女の隣にはエリックと、正面と隣をブラッドとエリックにがっちり囲まれていた。


「ようやくここに来てくれたね、カレン。ずっと君の席を用意して待っていたんだよ」


 エリックは隣に座るカレンをニコニコと見つめている。カレンは微妙な笑みを浮かべながら周囲を見回した。隣のテーブルでは、サイラス団長とフロスガー副団長が笑いながら会話をしている。他の騎士達もそれぞれ会話を楽しみながら食事をしているようだ。


「……なんか、大勢に囲まれると居心地悪くて。ここのマナーも良く知らないですし」


 アルドから基本的な食事のマナーは学んだし、教会では聖女達との昼食もなんとかこなした。聖女達は突然聖女として目覚めたカレンに同情的で、オドオドしながら席に着くカレンに親切に接してくれていた。

 だが騎士はどうだろうか。規律を重んじる騎士団の男達は、貴族街出身が多くマナーにも厳しそうである。周囲がアルドのような男だらけの中で食事をすると想像しただけで、カレンの食欲はなくなりそうである。


「お前が委縮することはない。マナーはすぐに慣れるさ」

 ブラッドはカレンにそう言ったが、カレンは引きつったような笑顔で「……はい」と答えるのがやっとだった。


 騎士が食べる食事のメニューはとにかく量が多い。豆と野菜のスープ、魚のマリネ、羊肉のソテー、大量の茹でた野菜と豆、チーズとパンに山盛りのフルーツもある。日によって多少の違いはあるが、大体は毎日似たようなメニューが並ぶ。


(こんなに食べられない……!)


 ブラッドもエリックも沢山食べろと勧めて来るが、カレンにはどれも量が多すぎた。


「全然食べないじゃないか。口に合わないか?」

 なかなか減らない皿を見て、とうとうブラッドはカレンの顔を心配そうに見てきた。

「いえ! どれも美味しいです。でも、少し量が多くて」

「女性には多いかもしれないね。明日からはカレン用にメニューを変えてもらうよう、僕が言っておこうか?」

「そこまでしてもらわなくてもいいですよ」

 慌てて首を振るカレンに、エリックは「遠慮しないで。気がつかなくてごめんね」と微笑む。


「……後で料理長に話しておく」

 ブラッドはムスッとした顔でワインをぐいっと飲み干した。


「ねえカレン、君がいた国では普段何を食べてたの?」

 ブラッドの表情に気づいているのかいないのか、エリックは馴れ馴れしくカレンに顔を寄せる。

「うーん、太らないようにあまり食べてなかったんで……豆とか、鶏肉とか……野菜とか、ですかね。あ、あと茸とか」


「……それ、ここよりも貧しい食事じゃない?」

 エリックはブラッドと思わず顔を見合わせ、苦笑いした。



♢♢♢



 翌日、教会にはブラッドとエリック、セリーナの三人とオズウィン司教、そして司祭の女性が集まっていた。

 彼らの前にあるのは、カレンに似た女性の絵である。


「どうです? この絵の女性に心当たりは?」

 ブラッドが尋ねると、オズウィン司教と司祭の女は顔を見合わせて困惑していた。

「……いいえ。これはどう見てもカレン様ですが、私には見覚えがありませんね」

 オズウィンが首を振ると、司祭の女も「すみません、私にも分かりかねます」と続いた。


 セリーナも驚いた顔で絵を覗き込んでいる。

「確かに、この女性はカレンに似ていますね」

「でもこの絵は昔に描かれたように見えるけど。画家の作品じゃないし、誰が描いたのか手がかりもなさそうだね」

 エリックは指で絵をなぞるように触れている。


「屋根裏部屋から見つかったことから考えて、恐らく騎士の誰かが描いたんじゃないかと俺は思う」

「そんなところだろうね。で、この女性が何者なのかってことだけど……」


 オズウィンは顎に手を当てながら口を開く。

「……恐らく、この方は聖女様でしょう。この女性が着ている服は、昔アウリス・ルミエール教会で聖女様が着用されていた服とよく似ています」


 絵の女性が着ている服は、肩が大きく開いたワンピースの下に、立ち襟の白いブラウスを組み合わせたデザインだ。現在の聖女の服は、首周りが開いていてすっきりとしている。服の色も絵の方は紺色だが、現在のものは淡いブルーグレーだ。


「確かに……今の聖女様が着ているものは、王都の流行に合わせて変えたものでしたね。変えたのは十年ほど前でしたか?」

 司祭の女は思い出したようにオズウィンに尋ねた。

「そのくらいだったかもしれない。とにかく、昔の聖女の服と同じかどうか、教会にある絵と合わせてみればすぐに分かります」


「やはり聖女様の可能性が高いか……オズウィン司教、この女性が聖女だとすれば、あなた方ならすぐに、この女性が誰なのか突き止められるでしょう?」

 ブラッドの言葉に、オズウィンは慌てて頷いた。

「お……お任せください。すぐに調べさせましょう」

「よろしく頼みます。それでは、この絵は教会に預けることにします」

 ブラッドは絵を教会に預け、セリーナ、エリックと共に部屋を出た。




「俺はセリーナ様を部屋まで送る。エリックは先に戻っててくれ」

「ああ、分かった」


 セリーナと並び、去って行くブラッドの姿をエリックはじっと見送る。

「……サイラス団長も、いくらセリーナ様に嫌われたくないからって、二人を好きにさせすぎだなあ」

 エリックは意味ありげな笑みを浮かべながら、二人と逆の方向へ歩いた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?