霊廟を出た後、リディアはカレンに「良かったら私の部屋に来ない? お茶でもどうかしら」と誘ってきた。
「行きます!」
カレンは即答し、二人はリディアの部屋に向かった。
教会に入り、階段を上って入り組んだ道を行く。聖女の住まいは分かりにくい場所にあるようで、何度も廊下を曲がり、とにかく歩かされる。
「帰る時はうちの侍女に送らせますから、心配しないでね」
「……助かります」
今回も絶対に帰り道が分からなくなるとひそかに心配していたカレンは、ホッと胸を撫で下ろした。
二人並んで廊下を歩いていると、向こうから聖女セリーナとブラッドが歩いてくるのが見えた。
リディアとカレンはさっと道を開け、リディアは「セリーナ様」と軽く膝を曲げてセリーナに挨拶をした。カレンも慌ててリディアの真似をして挨拶をする。
セリーナは立ち止まり、二人を見て目を細めた。
「リディア、カレン。ごきげんよう」
一言だけ言葉をかけ、セリーナはそのまま歩いて行った。彼女に付き添うブラッドは、カレンをちらりと見ただけで去ってしまった。
遠ざかるセリーナとブラッドを見ながら、リディアはため息をついた。
「……今日もなのね。ここのところ毎日みたい」
「何がですか?」
「ノクティアから戻ってから、セリーナ様は毎日ブラッド様を呼んでいるみたいなの。外に出る用事もないのに……。一体何の用があって呼んでいるのかしらね」
「毎日ですか」
カレンは角を曲がり、消えていくセリーナとブラッドを見ていた。
「うちの侍女がそう話していたわ。いくらブラッド様が護衛騎士だからと言っても、セリーナ様にはサイラス団長という婚約者がいるでしょう? ……誤解されるような行動は慎むべきだと思うのだけど」
カレンは複雑な思いでリディアの話を聞いていた。
♢♢♢
リディアの部屋を訪ねたカレンは、美味しい紅茶とジャムが乗ったクッキーを食べていた。
「すっごく美味しいです、リディア様」
「良かった。遠い国で育ったあなたの口に合うかどうか心配だったの」
喜んで食べているカレンの顔を見て、リディアは嬉しそうに微笑んだ。
「そう言えば、リディア様っていくつなんですか?」
「私は二十一歳よ」
「にじゅういち!? 若……! あ、すみません。私より二つも下だったなんて」
「カレンは若く見えるわね」
「いえ、中身が幼いんです。お恥ずかしいです……」
しっかりしていて大人っぽいリディアを前にすると、自分の幼さがなんだか恥ずかしくなるカレンである。
「二十一歳ってことは……リディア様も結婚の話とかあるんですか? それとももう結婚してるとか……?」
カレンはリディアに質問をしてみた。リディアは笑顔を浮かべたまま首を振る。
「私は独身よ。それに私は、結婚をするつもりはないの」
「するつもりはない?」
「ええ。何人か申し込みはあったけれど……どの騎士も選ぶつもりはないわ」
リディアは紅茶のカップを持ったまま、静かに呟いた。
「あの……どうしてなのか、聞いてもいいですか?」
カレンは遠慮がちにリディアに尋ねる。
「私、騎士に少しも興味がないの。教会には独身の聖女もいるのよ。必ず結婚しなければならないというわけではないわ。だから私は、結婚はしないと決めたの。ただ、それだけ」
「結婚しなくていい……?」
「そうよ。騎士と結婚することが聖女の幸せだと言われるけれど、生涯独身を貫く聖女もいないわけではないわ」
カレンはぱあっと自分の心に光が差したような気持ちになった。
「そっか……結婚って無理にしなくてもいいんだ……!」
「何かあったの?」
「実はさっき、司祭に結婚のことを言われたんですけど、好きでもない相手から選べと言われても困るし、そもそも結婚なんてまだまだ考えられないし……困ってたんです。でも独身でいてもいいってことなら、安心しました!」
「……でも、あなたは『聖なる炎』を持つ聖女よ。私は許されても、あなたは許されないかもしれないわ。聖なる炎を持つ聖女を妻にしたがる騎士は多いと思うの」
カレンは再び絶望の顔になった。
「……でも私、まだそこまで考えられないですよ。突然知らない国に来て、聖女だとか言われて、ただでさえいっぱいいっぱいなのに……」
「確かに、それもそうよね……お気の毒だけど、これからあなたに結婚の話が来ることは確実よ」
「……面倒ですね、聖女って」
遠くを見つめながらため息をつくカレンを、リディアは憐れむような顔で見つめた。