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第34話 新たな立場

 カレン達一行のアウリスへの帰還は、盛大に迎えられた。


 カレンの目に、見慣れたアウリスの教会と騎士団の館が映る。ここに来てからひと月と少しだが、カレンはなんとなく故郷に帰って来たような、ホッとした気持ちになっていた。


 魔物討伐から帰った騎士と剣は、聖女に穢れを祓ってもらう必要がある。だが今回の討伐はノクティアで行われた為、カレンが眠っている間にノクティアの教会で全て終わらせたのだという。その為いつもの儀式は省略され、騎士と使用人達が聖女の祈りを受けるだけで終わった。


 カレンはようやく自分の部屋に帰れると思っていたのだが、早速オズウィン司教に呼び出され、教会の中にある彼の執務室に向かう。カレンに付き添うのはブラッド、エリック、聖女セリーナの三人だ。


 緊張しながら部屋に入ると、オズウィンがカレンを見てすぐに跪いた。


「聖女カレン。アウリス・ルミエール教会はあなたをお迎えできることを光栄に思います」


「あ……あの」

 急に跪かれ、カレンは戸惑ってしまう。最初に出会った時のオズウィンとは全く態度が違っていた。


「あなたが聖女様であることは疑いようもないことですが、一応、儀式としてお願いしたいことがございまして……今、司祭が持ってまいりますので少しお待ちを」

「はあ……」

 不安そうにカレンはブラッドに目をやると、ブラッドは「大丈夫だ」と小声で呟いた。


 部屋に入って来たのは司祭の女だ。その手には器のようなものがある。それは礼拝堂にある大きな器によく似た形をしていて、器からは青い炎がちらちらと揺らめくのが見える。


(あれ……私がここに来た時にジュっとやられたやつだ)


 カレンがここに来た時、ろくな説明もなく青い炎の中に手を入れられ、ちょっと手がジュっとなった。それを見てオズウィンは「この女に聖女の才能はない」と言ったのだ。つまり、これは聖女の才能を見る為のテストのようなものらしい。


「カレン、その器の中に手を入れて。大丈夫よ」

 セリーナが優しくカレンに促す。カレンはドキドキしながら、片手を青い炎の中に入れた。


「……? あれ? 熱くない」

 以前感じた熱さがないどころか、心地のいい暖かさだ。青い炎はカレンの手に纏わりつくように彼女の手を包み込む。


「おお……!」

 オズウィンを始め、その場にいる全員が目を見張った。カレンは器から手を引いたが、青い炎は彼女の手に纏わりつき、消える様子がない。


「あの、これ、どうしたらいいですか? なんか消えないんですけど」

 カレンが困った顔で青い炎に包まれた手を見つめている。


「手を戻して! 戻して!」

 周囲に言われ、慌ててカレンが器に手を戻すと、青い炎はようやく手から離れて器に戻った。


「素晴らしい……! まさにカレン様は『聖なる炎』そのものなのだ……!」

 オズウィンは目を輝かせ、興奮を隠しきれないようだった。

「聖なる炎そのもの……?」

 カレンは揺らめく青い炎をじっと見ながら呟いた。


「私も文献で読んだだけですが……この地に現れた最初の聖女と言われる『聖女エリザベータ様』は聖なる炎を持っていたと言われています。エリザベータ様は王国各地の教会を訪ね、教会に聖なる炎を与え、聖女を誕生させたという伝説があります」


(なんだか大きい話になってきた……)


 どこか他人事のようにカレンは話を聞いている。


「その後も何人か『聖なる炎』を持つ聖女が生まれたという伝説はあるのですが……何しろ古い伝説でして。教会の記録には残っていないのです」

「記録にない? 何故です」

 ブラッドは片方の眉を吊り上げた。


「あまりに貴重な存在ゆえに、聖なる炎を巡って争いが起こる為ではないかと。王国内だけでなく、他国からも狙われる存在です。ですので、記録に残していないのでしょう」

「僕達にも知らせないほどの話だってこと?」

「エリック様。国王陛下も当然、ご存知のはずですよ」

「秘密主義だなあ、僕の父上は」

 エリックはフンと鼻で笑った。


「だとするとまずいですね。『ノクティアでの奇跡』の時、王都のディヴォス騎士団とノクティア騎士団がその場にいたんです。彼らに『聖なる炎』を持つ聖女が現れたことが知られてしまったということですか」

 ブラッドは厳しい表情になり、腕組みをした。


「あの状況では仕方がないでしょう。ただの珍しい聖女というだけでなく、聖なる炎を持つ聖女となると……どの教会も欲しがるでしょうね。カレンは必ず、このアウリス教会で守らなければなりません」

 セリーナはカレンを見つめ、頷く。


「もちろんです。カレン様は我が『アウリス・ルミエール教会』の聖女様ですからね。カレン様は今日から教会で過ごしていただきます。部屋も既に用意していますので、この後案内しましょう」

「私、元の部屋に戻れないんですか?」

 カレンは今まで過ごした使用人棟の部屋に戻れないと知り、ショックを受けた。


「あなたは聖女様です。聖女様は教会で過ごしていただく決まりとなっていますので」

 オズウィンはさも当然といったように話した。


「ちょっと待ってください。カレンは我が『騎士団の館』に置いた方がいいかと」

 ブラッドの言葉に、全員が驚いた顔をした。

「な、何故ですか?」

「オズウィン司教。カレンは他の聖女と違い、常に騎士が守る必要があります。教会にも騎士はいるが数は少ない。騎士団の館の方が安全です。なんたって周囲は騎士だらけですからね」


 セリーナは眉をひそめてブラッドに反論する。

「ブラッド。聖女は全て教会に留まるというのが決まりよ。例外は許されないわ」

「ですがセリーナ様。カレンの存在そのものが例外です。それにカレンを狙う不届き者も、まさか騎士団の館にカレンが匿われているとは思わないでしょう」


「いい考えだと思うけど、ブラッド。カレンの部屋はどうするの?」

 エリックはブラッドに尋ねた。

「部屋なら空いているだろう。騎士が妻を滞在させる為に用意された部屋がいくつかある。その中の一つをカレンに使わせればいい」

「ああ……! 確かに、そうだね」

 エリックは思い出したように頷いた。


「妻を滞在させる為の部屋があるんですか?」

 カレンがブラッドの顔を見ると、ブラッドは言いにくそうに答えた。

「……表向きは、聖女は教会で暮らすことになっている。だが結婚した聖女には、時々騎士団の館で夫と過ごす為の部屋が用意されているんだ」

「つまり、公然の秘密ってことだよ。結婚しても魔物討伐に行かなきゃいけない聖女は、外で暮らすことが許されないんだ。だから騎士団の館に、聖女が滞在する為の部屋があるというわけ」

 エリックはニヤリと笑う。


(いわゆる別居婚みたいなものかな)


 魔物討伐の為とは言え、夫婦なのに一緒に暮らせないのは気の毒だなとカレンは思う。


 セリーナはため息をついた。

「……それは、結婚した聖女の為の部屋なのよ」

「だから、例外としてカレンにその部屋を与えます。カレンを守る為です」


 オズウィンは彼らの話を聞き、何度も頷いた。

「……なるほど、確かに我々だけではカレン様をお守りできる自信がありません。騎士団に預かっていただくのが最善でしょう」

「本気ですか? オズウィン司教」

 セリーナはオズウィン司教を驚いた顔で見た。


「カレン様には安全に過ごしていただくのが一番です。明日からは、騎士団の館から教会に通っていただく形にいたしましょう」


「決まりですね。ではカレンはうちで預かります」

 ブラッドは頷き、話は決まった。カレンは騎士団の館で新しい生活を始めることになった。

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