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第28話 宴

 騎士団と聖女が魔物と戦っている頃、野営地では静かな時間が過ぎていた。彼らが無事戻るまでは気が抜けないが、残った者は彼らの無事を祈りながら、ひたすら帰りを待つしかない。


 野営地の中を歩いていたカレンは、見知った二つの顔がこちらに向かってきていることに気づき、心臓が止まりそうになった。


 それは騎士ラグナルと騎士ソーン。騎士団の館でカレンを襲おうとした二人だ。カレンは急いで近くのテントの影に姿を隠した。


(何で……何であの二人がここに!?)


 ラグナルとソーンは、ノクティア領の国境警備の仕事をすることになったと聞いている。カレンとは二度と会うことはないはずだった。


(傭兵達は国境警備の仕事から野営地に呼ばれたって言ってた……あいつらも野営地の警備に来てるのかな)


 アウリスから追い出され、北の国境警備の仕事に追いやられたのだ。彼らがカレンを恨んでいるのは間違いない。


 カレンはラグナルとソーンが遠ざかるのを確認し、急いでその場から離れた。




「え? ラグナルとソーンがここにいるの?」

 エマは使用人達が集まるたき火の所で、他の使用人と世間話をしていた。カレンはエマを呼び出し、ラグナルとソーンを見かけたことをエマに話したところだ。


「間違いないと思う。確かにあれはラグナルとソーンだった」

 エマは表情を曇らせる。

「あの二人、確かノクティアの国境警備に送られたはずよね……?」

「そう聞いてるけど、野営地には傭兵も来てるし、彼らと一緒にここに来たのかも」


「カレン、彼らに会わないように気をつけた方がいいわ」

 眉をひそめているエマに、カレンは笑顔で首を振る。

「さすがにあいつらも、ここで問題を起こすつもりはないと思う。ブラッド様もいるし、ノクティアの騎士団長もいるわけだしね」

「そっか……それもそうよね。でも念の為、彼らに何か言われたらすぐに誰かを呼ぶのよ?」

「分かってる、ありがとう」

 カレンはエマに心配をかけないよう、明るく振舞った。



♢♢♢



「騎士団と聖女様が帰還されました!」


 見張りの騎士が声を張り上げる。その声に野営地にいた者達は一斉にわっと歓声を上げた。


 出迎えに行ったカレン達が見た彼らの姿は、全員疲れ切っていた。先に戻ったのは王都のディヴォス騎士団。その次がブラッド率いるアウリス騎士団で、最後がノクティア騎士団だった。


 ブラッドは馬を預けるとすぐにセリーナとジョアンナが乗っている馬車に駆け寄り、二人を支えるように馬車から下ろした。

 カレンが遠目に見るだけでも、聖女達の調子が悪そうなのが分かる。特にセリーナはフラフラで、一人で歩くこともままならないようだ。


 ブラッドはセリーナに声を掛け、彼女の体を軽々と抱きあげた。

「早く聖女様を休ませなければ。セリーナ様はもう限界だ」

「まあ、大変……! すぐにお部屋に行きましょう」

 セリーナの侍女は彼女が衰弱している様子にすっかり慌てていて、聖女が寝泊まりする砦の中へブラッドを案内していった。


「……セリーナ様、大丈夫かしら……歩けなくなるほど衰弱するなんて」

 エマが心配そうに呟く。もう一人の聖女ジョアンナはセリーナよりは動けるようだが、その足取りは重く、彼女も別の騎士に支えられながら歩いて行った。


 他の騎士団も状況は似ているようだ。聖女達は皆限界まで力を使い、全員が部屋で休むことになった。

 騎士達の顔にも疲れが浮かんでいる。だがノクティア騎士団長グレゴールは、彼らを鼓舞するように声を張り上げた。


「今回の魔物討伐はこれまでにないほどの成功を収めた。貴殿らの働きに感謝すると共に、聖女様のお力に感謝申し上げる。裂け目は無事に塞がれ、大地の穢れは祓われた」


 騎士達は一斉にグレゴールの声に応え、勝利の雄たけびは地鳴りのように野営地を揺らした。

 カレンはその雰囲気に圧倒されていた。消耗は大きかったようだが、討伐は無事に終わったようだ。


「さて、私達はここから忙しくなるわね」

 エマは気合を入れるように拳を握る。カレンもエマに頷き、この後開かれる宴の準備をする為にその場を離れた。




 宴といっても、野営地の真ん中にある大きなたき火を囲むように座り、それぞれが酒を飲んで楽しんだりするくらいのものだ。それでも持ち込んだワイン樽はあっという間に空になり、すぐに次の樽が開けられる。酒が回った騎士の中には、踊ったり歌ったりする者もいてとても賑やかだ。


 騎士達が宴で盛り上がる中、ブラッドとエリックは何やらこそこそと話し込んでいる。


「セリーナ様の言う通り、やはりノクティアの筆頭聖女が問題のようだ」

 ブラッドはノクティアの聖女イソルデが休んでいる建物の方をちらりと見た。

「……グレゴールが彼女を筆頭聖女に推薦したと、イソルデが話していたよ。彼がイソルデを強引に筆頭聖女にしたことで、ノクティアの聖女の力が落ちたのかな」

「他の聖女がいくら頑張っても、筆頭があれではな……イソルデを筆頭から下ろさない限り、また同じことの繰り返しになる。今回はセリーナ様がいたおかげでなんとかなったが……」


 筆頭聖女というのは、ただ能力に優れた聖女というだけではない。聖女達の精神的支柱となる立場だ。聖女の力は精神的なものに左右されると言われており、優秀な筆頭聖女がいると他の聖女達も力を存分に発揮できる。もちろん逆も然りだ。


 エリックはいつになく厳しい表情をしていた。

「ディヴォス騎士団でもこの問題を認識していたよ。僕はこの後ダリオン叔父さんを訪ねて、彼と話そうと思う。これは領主に解決してもらわなきゃいけないことだからね」

「頼む、エリック。個人的な理由で筆頭聖女を決めるなど、許されない。グレゴール団長はノクティアを危険に晒したんだ」

 ブラッドの顔には怒りが浮かんでいた。




 一方その頃、カレンは一人井戸に向かっていた。セリーナの部屋に水を持って行ってくれと彼女の侍女に頼まれたからだ。大きなバケツを持って行き、井戸に着いたカレンは水汲み用の桶を手に取る。


「おい」


 その時、男の低い声がカレンの背中に飛んだ。カレンは体をビクッとさせて振り返る。

 そこに立っていたのは騎士ラグナルと騎士ソーンだった。


「お前、まさかノクティアに来ていたとはな」

 ラグナルはカレンを睨みながら近づいてきた。


「……私も、まさかあなた達に会うと思いませんでした」

 カレンは桶を置き、二人に向き直る。


 ラグナルは眉を吊り上げ、口元を歪めた。

「もう一度会ったらお前を殺してやろうと思っていた。まさか願いが叶うとは思わなかったよ」

 カレンはラグナルの口から出た恐ろしい言葉に、体がこわばる。

「おい、ラグナル。いきなり物騒なことを言うなよ」

 ソーンはにやけた顔でカレンを見た。だがソーンの目は少しも笑っていない。カレンは後ろに下がろうとしたが、井戸に踵がぶつかるだけだ。


 ラグナルは酔っているのか、目が据わっていた。足元も少しふらついているようだ。

「……野営地の警備の仕事なのに、酔っぱらってるの?」

「ふん、こんな仕事真面目にやってられるか。お前のせいで、俺達は国境沿いで山賊と戦わされてる。あいつらを追い返した所で何の勲章ももらえず、毎日まずい飯を食べ、碌な女もいない所で暮らさなきゃならないんだ」


「私に言われても困るんだけど」

「生意気な女め! ブラッドの野郎に媚びを売りやがって。どうせブラッドと寝たんだろ? だから二人で結託して俺達をアウリスから追い出したんだよな?」

 ラグナルはソーンと目を合わせ、ゲラゲラと下品な笑い声をあげた。


「寝てないし、ブラッド様を侮辱するのはやめてくれない?」

 カレンの表情に怒りが浮かんだ。自分のことは何を言われてもいいが、ブラッドを侮辱するのは許せない。


「なんだその顔。たかが使用人の癖に俺達に歯向かう気か? 俺がその気になれば、お前なんてすぐに消し去れるんだぞ!」

 カレンの怒りの表情を見たラグナルは更に激昂した。


「あんた達みたいなのが騎士だなんて信じられない。ブラッド様があんた達を追放したのも納得だわ」


 ラグナルはすっと無表情になり、突然カレンに近寄って来た。そして自身の剣を抜くとカレンの腹に勢いよく剣を突き刺した。


 カレンは驚愕の表情でラグナルを見ると、次にその顔が苦悶の表情に変わる。


「おいラグナル! 本当に刺すなんて……」

 ソーンは焦ったようにラグナルに言う。ラグナルは剣をカレンから抜いた。その瞬間、カレンの服が血で染まる。


「行くぞ、ソーン。使用人の女一人が死んだところでどうってことない」

「で、でも、もしもグレゴール団長に知られたら……」

「うるさい! 早く行くぞ」

 慌てるソーンと、妙に冷静な態度のラグナルは、カレンを置いてその場から逃げた。


「う……」

 カレンはその場に立っていられず、井戸のへりを片手で掴み、そのままずるずるとへたり込んだ。



♢♢♢



 騎士達が宴を楽しんでいたその時、遠くで女の甲高い声がした。

「今、何か聞こえなかったか?」

 ブラッドとエリックはパッと顔を上げ、警戒の表情で周囲を見回す。声を聞いた他の騎士も怪訝な顔をしている。


声がした方向から、エマが血相を変えてブラッドの所へ走って来た。


「ブラッド様! 急いで来てください! カレンが……」

 エマは顔面蒼白だった。ブラッドはその表情を見て慌てて立ちあがる。


「カレンが……カレンが刺されました……早く!」


 エマの手は血で染まり、エプロンにも血がついていた。それを見たブラッドとエリックはすぐに駆け出した。

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