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第26話 ノクティア野営地・2

 アウリス騎士団一行が到着して少し経った頃、王都から応援の「ディヴォス騎士団」がやってきた。

 ディヴォス騎士団はアウリス騎士団の倍ほどの人数で、野営地は一気ににぎやかになった。王子エリックは早速ディヴォス騎士団と挨拶を交わす。ディヴォス騎士団とは簡単なやり取りだけで終わらせ、エリックはその場を離れていった。


 三つの騎士団はそれぞれ紋章が描かれた盾を持っている。盾の紋章で仲間かどうかを見分けているのだとエマはカレンに教えた。ただのオシャレかと思っていたカレンだったが、言われてみれば納得である。


 今夜は長旅の疲れを癒し、彼らは明日の「新月の夜」に備える。慣れない土地で戦う彼らの表情には、どこか緊張の色があった。


「カレン、あっちの大きいテントにこれを持って行ってくれる?」

「分かった」

 エマに指示され、カレンは着替えのシャツを抱えてテントに向かった。ここは主に荷物置きとなっていて、多くの荷物が置かれごちゃごちゃしている。中央に木箱が積まれていたので、そこへ荷物をどさりと置いた。


「あれ? カレン」

 声を掛けられて振り返ると、そこにはエリックが立っていた。エリックはテントの入り口に置いてある木箱に腰かけ、ブーツの靴ひもを締め直し始めた。


「なんだか紐が緩くてさ」

 木箱に腰かけているエリックに、ノクティア騎士団の聖女イソルデが近づいて来た。

「あの……エリック殿下?」

 靴ひもをほどいていたエリックは、顔を上げてイソルデに笑顔を向けた。

「ああ、イソルデ様ですか。何か?」


 テントの出入り口で話し始める二人に、出る機会を失ったカレンは、なんとなく荷物を片付ける振りをしながら様子を伺う。


「グレゴール団長から、いつも殿下の話を伺っております。一度お会いしたいと思っておりました」

「グレゴールが僕の話を? 何の話をしていたのかな」

 エリックは靴ひもをぐいぐいと引っ張りながらイソルデに微笑む。

「エリック殿下はとても素晴らしい方だと申しておりました。こうやって実際にお会いして、その言葉は本当だったと思っております」

 イソルデは胸の前で手を組み、じっとエリックを見つめている。


(エリック様がイケメン王子だから、アピールしてるのかな)


 カレンは二人の様子が気になって仕方がない。イソルデは目を見開き、媚びを売るような笑顔を作っていた。


「へえ、ありがとう。君……若いのに筆頭聖女だなんて凄いんだね」

「はい……グレゴール様が私を推薦してくださいました」

「騎士団長が推薦? 珍しいね。筆頭聖女を決めるのは教会の役目だと思ってたけど」

 エリックは笑顔を崩さないままだったが、イソルデはさっと顔色を変えた。


「……後押しをしてくださったのです。私が若すぎると言って、教会は私を筆頭聖女にすることを不安視していましたので……」

「頼りないだなんて、教会も失礼なことを言うね。筆頭聖女になれるほど強い力を持つあなたに対してさ」

 イソルデは恥ずかしそうにうつむく。

「……エリック殿下にそんなことを言っていただけるなんて。自信がつきます」

「そう、良かったね」

 エリックは靴ひもを結び終わり「よし」と呟くと立ち上がった。


「それで、僕に何か用だった?」

「あ……あの、エリック殿下。今回の魔物討伐、よろしくお願いします。あなたが傷を負うことのないよう、必ずお守りいたしますので……」

「うん、よろしくね。でも僕のことは心配してもらう必要はないよ。僕の『アウリス騎士団』にはとても優秀な聖女様がついているからね。僕を守るのは彼女達の役目だから」


 エリックは笑顔を崩さぬまま、ピシャリとイソルデに言ってのけた。イソルデは動揺したようにまばたきをした後、取り繕うように微笑み、エリックから離れた。


 ようやく一人になったエリックの横をすり抜けるように、カレンが通ろうとした時、エリックは「盗み聞きしておいて逃げるつもり?」と笑いながらカレンを呼び止めた。


「すみません、聞くつもりじゃなかったんですけど」

「興味津々て顔で聞いてたよね」

「良く見てますね……」

 カレンは気まずそうに苦笑いをした。


「さすがの僕も、グレゴール団長の愛人に手を出すことはしないよ」

 エリックはイソルデの後ろ姿を見ながら呟いた。

「……は? 愛人?」

 カレンは驚いて思わず聞き返す。


「さっき、ノクティアの使用人達とちょっと世間話をしてたんだ。どうやらあちらでは有名な話らしいよ」

「愛人って……あの聖女様、どう見てもセリーナ様より若いですよね? グレゴール団長って、あそこでブラッド様と話し込んでるおじさんでしょ?」


 カレンの視線の先にいるのは、ブラッドとディヴォス騎士団のリーダーらしき男と、三人で話し合いをしているグレゴール団長の姿だ。髭面なので実年齢が分かりにくいが、四十は過ぎているように見える。


「そうなんだよね。僕も驚いたよ……グレゴールには妻も子もいるのにさ。僕の知ってるグレゴールは、真面目で優しい人だったんだけど……三年ぶりに会ったら、なんだか変わっちゃってたなあ」

 エリックは少し寂しそうに呟いた。




 野営地として使われる砦は、町の近くにいくつもある。月に一度、新月の夜に地面が裂け、そこから魔物はやってくる。新月が近づくと、裂け目ができる場所の周辺に黒いもやのような「瘴気」と呼ばれるものが現れる。その瘴気を目安に、騎士団は最も近い砦に野営地を作るのだ。

 魔物の敵は聖女なので、大抵は教会により近い場所に瘴気が現れると言われている。闇の力で地上を支配しようとする魔物を邪魔するのが、光の力で魔物を退ける聖女だからだ。

 聖女は傷を癒す力と、魔物によって穢された大地を浄化する力を持つ。カレンが暮らすアウリス領は、筆頭聖女セリーナの力で大地は浄化され、魔物の侵攻も弱まっていると言われている。聖女の力が弱まると、領土そのものが危険に晒されることになる。


 野営地は基本的な設備が揃っている。頑丈な石造りの建物の中には古いがしっかりとした調理場もあり、カレンは調理場の中で下働きをしていた。

 敷地内には井戸もある。水を汲みにやってきたカレンは、桶を井戸に下ろした所でふと後ろを振り返る。


(……なんだか、今視線を感じたような……)


 井戸があるのは野営地の端の方で、あまり人気のない場所だ。使用人が忙しそうに走り回っていたり、傭兵が護衛の為に歩いている姿はあったが、特に誰とも目は合わなかった。


(……また傭兵の誰かに見られていたのかな)


 カレンは自分のことをジロジロ見る傭兵達の顔を思い出し、気を引き締めるように勢いよく桶を井戸から引きあげた。

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