騎士達がくつろぐ為に用意された談話室は、屋敷の二階にある。カレンが談話室に入ると、中では数名の騎士がテーブルを囲み、ワインを飲みながら談笑していた。彼らは一斉にカレンを見て怪訝な顔をしている。
「カレン、こっちだよ」
部屋の奥にあるテーブルに、エリックがいた。カレンは他の騎士達の視線を背に感じながらエリックの所へ行く。
「私がここにいていいんですか?」
「僕が呼んだんだから構わないでしょ? さあ、遠慮しないで座ってよ」
カレンは遠慮がちにエリックの隣に座った。
エリックは既に一人でワインを飲んでいたようだ。慣れた仕草でカレンのカップにワインを注ぐ。
「はい、どうぞ」
「あ……ありがとうございます」
戸惑いながらカレンはカップを受け取る。軽くカップを掲げて乾杯をした後、ワインを一口飲む。
「美味しい……!」
労働の後のお酒は身体に染みる……と思いながらカレンは笑顔を浮かべる。
「良かった、どんどん飲んでね?」
「いえ、この後仕事に戻るので……」
「仕事は殆ど終わったでしょ? 酔いつぶれたら、僕の部屋で休むといいよ」
「……エリック様、ひょっとして酔ってます?」
軽くカレンが睨むと、エリックはアハハとやけに大きな声で笑った。
エリックはカレンに身体を向け、笑みを浮かべながらカレンがワインを飲む顔をじっと見ている。非常に飲みにくい。
「どう? 旅に出てみて、体調とか、変わったこととかない?」
エリックはカレンの身体を気遣うことを言って来た。どうしてそんなことを聞くのだろうと不思議に思いながら、カレンは「特には……」と答える。
「そうか、そうだよね。まだ一日目だし」
一人で納得しているエリックを、カレンは首を傾げながら見ていた。
「ノクティアには、僕の叔父上がいるんだよ」
エリックは上機嫌で、自分の話を始めた。
「そうなんですか」
「ダリオン叔父さんはノクティアの領主なんだ。昔から、僕に良くしてくれる人だよ。騎士団長のグレゴールも僕の遠縁でね。彼もいい人だ」
エリックは彼らの話を楽しそうにカレンに聞かせた。
「エリック様は、ノクティア騎士団には入らなかったんですか?」
カレンが疑問をぶつけると、エリックは酒に酔ってとろんとした目を向け、ため息をつく。
「僕はアウリス騎士団に行けと言われたんだ。アウリスの聖女を妻にしろって国王陛下に命じられたのさ」
「国王陛下って……その、エリック様のお父様ってことですか……?」
「そうだよ」
あまりにあっさりと言うのでカレンは現実味を感じなかったが、確かにエリックは王子なのだ。
「早く妻を決めろって父上は言うけどさ、こういうことはじっくりと時間をかけて決めたいんだよね。僕の伴侶になる人だから」
「その……どうしても聖女じゃなきゃ駄目な理由って?」
エリックはすっと真面目な顔になり、カレンに質問してきた。
「……あのね、カレン。この王国を支配しているのは誰だと思う?」
「誰って、王様でしょ?」
急に低い声になり、声を潜めてエリックはカレンに囁く。
「まあ、表向きはそうだね。でも実際には『ルミエール教会』がこの国を支配しているようなものだよ」
「教会が……?」
「王国を脅かす魔物を倒す為には、聖女の力が必要不可欠だろう? 僕達騎士団は前線で魔物と戦い、領民と聖女を守るという役目があるけど、聖女がいないと魔物を倒せない。領土を守ってくれる聖女と教会に、領主達は頭が上がらないというわけ。でも教会は教会で、自分達だけじゃ魔物から身を守れない」
エリックは自分のカップとカレンのカップを二つ並べた。
「つまり、お互いがお互いを必要としてる」
二つのカップを近づけてコツンと当てた後、エリックは片方のカップをすっと離した。
「どちらが欠けても駄目なんだよ。王国も教会も、お互いにこの状態を守りたいんだ。その為に騎士と聖女を結婚させて、お互いが争わないようにしているんだよ」
「つまり、政治的な理由ってやつですか?」
「そういうこと。騎士は聖女と結婚するのが最高の名誉だなんて言われるけど、現実はそんなもんさ」
エリックはふっと鼻で笑った。
エリックはどこか、人生に対して冷めているところがあると感じることがカレンにはあった。女性とひと時の愛を楽しむのも、彼なりの抵抗なのかもしれない。
「あー! こんな所にいたんですかエリック様!」
二人の後ろから声がした。振り返るとそこにはエリックの従騎士であるローランが立っていた。
「やあ、ローラン」
「やあ、じゃないですよ! ブラッド様が呼んでます。すぐに来てください」
「ええー……ブラッドは明日すればいい話を今日する男だろ? 明日でも大丈夫だよ」
「早く戻ってください。明日は早朝から出発なんですから、話は今夜のうちにしておきたいんだと思います」
「そうか……確かにそうだったね。仕方ない、すぐに行くよ」
エリックは渋々椅子から立ち上がった。
「ごめんね、カレン。残りは全部君にあげるよ。それじゃあまた明日」
「はい、おやすみなさい。エリック様」
カレンも慌てて立ちあがり、エリックに挨拶をした。
エリックは従騎士ローランに引っ張られるように、談話室を出て行った。カレンは残りのワインを持って調理場に戻り、まだ仕事をしている使用人達にそれをあげ、とても喜ばれたのだった。