街道沿いには、騎士団一行が宿泊する屋敷が用意されている。
ノクティアまでの道中、日が暮れる前に一行は屋敷に立ち寄る。このような屋敷は王国中のあちこちにあり、それらは領主が管理している。屋敷は騎士団と聖女の為に用意されたもので、いつでも宿として使うことができる。
カレンはてっきり野宿でもするのかと思っていたので、最初の屋敷に到着した時、屋敷の豪華さにただ驚いていた。
屋敷には管理を任されている一家が住んでいた。掃除などは彼らが済ませているので、すぐに泊まれるようになっているのは有り難い。
屋敷に到着したら、使用人達は俄然忙しくなる。夕食の用意に風呂の用意、騎士が泊まる部屋のベッドにシーツを敷いたり、お茶が飲みたいという聖女の為に急いで湯を沸かしたりと彼らは大急ぎで騎士と聖女の為に働く。もちろん、下働きのカレンも目の回る忙しさである。
騎士達は屋敷の外で体を動かしたり、訓練したりしていた。ブラッドとエリックは屋敷の中で聖女達に付きっきりである。聖女が教会の外に出る時は、必ず騎士が護衛としてそばにつく。特に今回は筆頭聖女のセリーナがいるので、より警備も厳重になっているようだ。
夕食が始まると、カレンも騎士達に給仕のお手伝いだ。騎士団の館ではカレンが騎士に給仕をすることはない。給仕は給仕係がするので、カレンが担当するのは基本的に後片づけだ。だがこの旅では使用人の数がぎりぎりなので、カレンも普段はやらない仕事をこなす。
飲み物を注ぐよう頼まれたカレンは、緊張しながらワインを持ち、食堂に入る。ブラッドとエリックは並んで座っていて、向かいにセリーナとジョアンナがいて、彼らは笑顔で会話を楽しんでいるようだ。
ブラッドの所へ行き、彼のカップにワインを注ぐと、ブラッドは「カレンが給仕をするのを初めて見たな」と笑顔を向けた。
「初めてですから」
そそくさとその場を離れようとすると、隣のエリックがぐいっとワインを飲み干してカップを置く。
慎重にエリックのカップにワインを注ぐと、エリックはカレンの様子をじっと見た後アハハと笑い出した。
「何ですか?」
「いや、ごめん。カレンのおぼつかない手つきが面白くて」
「慣れてないもので、すみません」
カレンは素っ気なく言い、逃げるようにその場を離れる。
「エリック、笑うな」
ブラッドが睨む顔を見て、エリックは「ごめん」と肩をすくめた。
食事の後片づけに追われ、それが終わった後、ようやくカレン達使用人は食事にありつける。調理場のテーブルに食事を並べ、カレンはエマと食べ始める。使用人のメニューは騎士達に用意されたものの余りものなので、殆どは茹でた芋などの野菜ばかりだ。それにスープとパンを一緒に合わせて食べる。
「初日だしさすがに疲れたわね」
エマは少し疲れた顔をしていた。
「そうだね、色々分からないことも多くて緊張したし……」
カレンはふうと息を吐く。
「でもカレンは上手くやってたと思うわ。明日も大体同じ流れだし、慣れればもっと楽になるわよ」
「そうだといいんだけど……」
二人でお喋りしながら食事をしていると、エリックがふらりと調理場に入って来た。
「あ、エリック様! 何かご用ですか?」
エマが慌てて立ちあがると、エリックは笑いながら「ああ、大丈夫だよ。食事を続けて」とエマを手で制した。
「カレン、さっきは君に失礼なことを言ってごめんね」
カレンはパンを手に持ったまま、ぽかんと口を開けていた。
「何かありましたっけ?」
「……ほら、君のワインの注ぎ方を笑ったでしょ? ブラッドに怒られたんだ」
「あー……別にいいですよ。慣れてないのは確かですから」
エリックはわざわざカレンに謝る為だけに、調理場までやってきた。失礼なのか誠実なのかよく分からない男である。
「ねえ、カレン。食事が終わったら談話室に来ない? お詫びに一杯ワインをご馳走するよ」
「えーと、嬉しいですけど私まだ仕事が残ってるんですよ」
あっさりと断るカレンを、エマが「断るの!?」と言いたげな顔で見ている。
「一杯だけだから、ね? 待ってるからね」
エリックはにっこり微笑むと、調理場を出て行ってしまった。
「仕事あるって言ったのに……」
呆然としているカレンに、エマは苦笑いしている。
「エリック様の誘いは断れないわよ。一杯だけなんだし、行ってくるしかないわね」
「……うーん」
カレンは急いで食事を済ませ、談話室へと向かった。