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第22話 ノクティアに出発・1

 いよいよ今日は北のノクティア領へ出発する日である。


 魔物討伐に行く日は、騎士の為に多くの朝食が用意される。ノクティアまでは馬車で五日かかるので、ノクティアへ行く騎士はアウリスの魔物討伐組よりも早く出発する。その為食事の用意もいつもより少なく済むので、調理場は前回よりも落ち着いた様子だ。


 朝食の準備が終わり、カレンとエマは急いでパンとスープだけの簡単な朝食を取った。食べ終わったらすぐに、ノクティアへ行く使用人達は教会へ向かう。


 カレンとエマは館を出て、教会へと向かっていた。

「魔物討伐に同行する使用人も、聖女様に旅の無事を祈ってもらうのよ。私達は魔物に最も近い場所へ行くわけだからね」

 エマはカレンにそんなことを言った。


 教会の敷地に入ると、正門前には馬車や馬がずらりと並んでいた。出発の準備が刻々と近づいているのを感じさせる。エマは「あの馬も、聖女様の加護を受けているのよ」と話した。どの馬も毛並みが良く、元気そうだ。


 二人は教会の中に入り、そのまま礼拝堂へと進んだ。


「わあ……」


 カレンは思わず感嘆の声を上げる。どうやって掃除するのかと思うほど高い天井を、真っ白な柱が何本も支えている。そして奥に見えるのは祭壇のようで、とても大きな器のようなものが中央に置かれている。器の中には、以前カレンの手をジュっとさせたあの青い炎が揺らめいている。器の後ろには、それを見守るように美しい女性の彫像が立っていた。


 礼拝堂には既に、他の使用人も集まっていた。カレンとエマは彼らに挨拶をし、所在なさげにその場に佇む。


 しばらく経った後に入って来たのは、今回の魔物討伐に選ばれた騎士だ。ぞろぞろと入ってくる彼らの中にはブラッドとエリックの顔もあった。そして騎士の後ろに続くのは彼らの従騎士達。当然アルドの顔もそこにある。


 ブラッドはカレンの姿を見つけると近寄って来た。

「おはよう」

「お、おはようございます!」

 慌ててカレンはブラッドに挨拶を返した。隣のエマも「おはようございます!」と笑顔でブラッドに挨拶をする。


「ノクティアは山が近いから夜は少し冷える。上着を持って行くといい」

「は……はい」

「お任せください、ブラッド様! 既にカレンの分の上着も用意していますよ!」

「そうか、さすがエマだな。お前がついていれば心配なかったな」

 ブラッドはエマに微笑むと、真顔に戻りカレンを見る。

「長旅になるから、慣れないお前には大変かもしれないが、よろしく頼むよ」

「はい、ブラッド様もあの……お気をつけて」

「ああ」

 ブラッドは軽く頷くと、騎士の元へ戻って行った。


(良かった、ブラッド様はいつも通りだ)


 屋根裏部屋の一件以来、こうしてブラッドと話すのは初めてだ。彼が普段通りの様子であることに、カレンはホッとしたような少し残念なような、複雑な気分だ。


 最後に現れたのはセリーナともう一人の聖女だった。エマは小声で「セリーナ様の隣にいるのがジョアンナ様よ」とカレンに教える。

 セリーナとジョアンナは祭壇に上がり、まず女の彫像に祈りを捧げる。そして次に、青い炎が揺らめく器に両手をかざした。それが何の儀式なのか分からないが、二人の身体が青白い光に包まれ、やがて消えた。


(うわぁー……魔法みたい)


 次にセリーナは振り返り、両手を胸の前で組む。騎士達は一斉にその場に跪いた。すると騎士達の身体が一瞬青白く光り、すぐに消えた。


「聖女セリーナ。祈りに感謝いたします」

 ブラッドが代表してセリーナに感謝を述べる。


 今度はカレン達使用人の番だ。カレンはエマを真似て同じように跪く。聖女ジョアンナは使用人達に、セリーナと同じように祈りを捧げた。騎士と同じように使用人達の身体が光る。その瞬間、カレンは身体が暖かくなったような気がした。


「聖女ジョアンナ。祈りに感謝いたします」

 使用人頭の男がジョアンナに感謝を述べた。




 聖女の加護を受けた後は、急いで出発の準備に戻る。カレン達が乗るのは幌がついた荷馬車だ。衣類や荷物などはまとめて袋に入れ、押し込むように荷馬車に積み込む。荷馬車にはベンチもついているが、長く座っているとお尻が痛くなるとのことで、使用人達は皆クッションを持ち込んでいた。もちろん、カレンもエマに借りたクッションを敷いている。


 幌があるとはいえ、壁はないので風が通ると寒いかもしれないとエマは言い、カレンはケープのような上着を着せられていた。今はまだ寒くはないが、エマの気遣いが嬉しい。


 前回は討伐に出かける騎士を見送る立場だったが、今回は見送られる立場だ。ガタンと大きく揺れて荷馬車が出発すると、カレンは荷馬車の後ろから外を覗いた。


「お気をつけてー!」

「頑張ってください!」


 教会の正門を出て、街道に出ると多くの見送りがいた。彼らは手を振ったり、騎士に祈ったりしている。


(見送られる立場になると、嬉しいものなんだな)


 彼らの期待を込めた笑顔は騎士と聖女に向けられたものだが、カレンもなんだか祈りのお裾分けをもらったような気がしていた。



♢♢♢



 一行は北に向かって進む。


 教会と騎士団の館の近くにあるのは貴族達が暮らす貴族街で、貴族街を囲むように平民が暮らすエリアがある。そしてアウリスの人々が暮らす地域を守るように、人の背丈ほどの塀がぐるりと街全体を囲んでいる。


 整備された街道を進み、北門を抜けて外に出る。門の外側で暮らす人間はあまりいない。わずかに集落を作って暮らす者もいるが、彼らは常に魔物の襲撃という危険と隣り合わせの生活をしているようだ。


 どういう人々が外で暮らすのだろうかと思い、カレンがエマに尋ねると、彼女から意外な答えが返ってきた。


「街を追われた人達とかが多いかしら……後は『魔女』が暮らしていると言われているわね」


「魔女!? 魔女がいるの?」

「うん……実はね、聖女様の中には闇の力に魅了されて『魔女』になっちゃう人がいるんだって……」

 エマは周囲を気にしながらカレンに小声で囁いた。あまりこのことは話したくなさそうなので、カレンもこれ以上突っ込むのはやめておいた。


(魔女の話は、聖女の本には書いてなかったな)


 人気のない、どこか寂しい景色を見ながらカレンはぼんやりとそんなことを考えていた。

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