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第20話 屋根裏部屋

 ブラッドは館の中に入り、どんどん奥へと進む。カレンはブラッドの後を追うように続いた。


 ブラッドは壁沿いにある木の扉の前に立つと、扉の横にある壁掛けランプを外して手に持った。壁掛けランプは壁のフックに引っ掛けているもので、外すと手持ちランタンとしても使える便利な物だ。

 扉を開けて中に入ると、そこは部屋ではなく、螺旋階段だった。所々窓があって外の光が差し込むものの、足元は薄暗い。


「足元に気をつけろよ。ここは普段使わない階段だから灯りがないんだ」

 ブラッドは後ろのカレンを気遣いながら、ランタンを手に先に進んだ。カレンは不安な気持ちを抱えながら彼に着いていく。


 最上階に着いたと思ったら、ブラッドは更にその上に行く。さっきまでの階段よりも狭く、暗くなった階段を上り、ようやくたどり着いたそこは屋根裏部屋だった。ブラッドは部屋の真ん中辺りにランタンを置き、窓へ行くと力を込めて窓をぐいっと引き上げた。

 外の風がぶわっと入ってきて、淀んだ空気が一気に入れ替わる。この屋根裏部屋はずっと使われていなかったようで、荷物なのかゴミなのかよく分からないものが部屋の隅に積まれていた。


「外を見てごらん」

 ブラッドが笑顔でカレンを呼んだ。カレンは不思議そうな顔をしながら窓の所に行き、外を見る。


「……あ!!」


 カレンは驚き、その瞳は大きく開かれた。ここは館で最も高い場所のようで、塀よりも高い場所にあった。この窓からは塀の外が良く見える。


 窓から外を覗くと、遠くに連なる山々が見える。その向こうに、富士山よりも小さいが優美な円錐形の山があった。自然が創り出した美しい形は、富士山に良く似ている。


「どうだ? あの山はアイラース山というんだ。お前の国にあるフジ山と似ているか?」

「似てます! まさか富士山に似ている山があったなんて……」

 カレンはその美しい山に目を奪われていた。

「下からだと塀が邪魔して見えないからな。ここからなら見えると思った。そうか、フジ山はアイラース山に似ているのか」


「ブラッド様、ありがとうございます。これを見せる為に、私をここへ連れてきてくれたんですね」

 カレンはアイラース山を見ながら呟いた。

「そうだ。ここはしばらく使われてない部屋なんだ。カレン、ここが気に入ったか?」

「はい! すっごく気に入りました!」

 ブラッドは喜んでいるカレンに目を細めた。

「なら、ここはカレンが好きな時に使っていいよ」

「いいんですか!?」

 カレンは目を丸くする。


「どうせ使われてない部屋だ。故郷が懐かしくなったら、ここに来るといい。少し、掃除が必要だが……」

 ブラッドは埃だらけの屋根裏部屋を見回し、カレンに視線を戻した。


 カレンの瞳が潤んでいた。目が赤くなり、泣くのをこらえるように無理に笑顔を作っている。

「カレン……」

「ごめんなさい、なんか、自然に出てきちゃって……ブラッド様が優しいから」

 慌ててカレンは服の袖で涙をぐいっと拭う。


 ブラッドはじっとカレンを見つめ、手を伸ばしてカレンの涙を指で拭う仕草をした。カレンは思わずブラッドを見上げる。

 ブラッドはそのままカレンに身体を寄せ、ぎゅっと抱きしめた。


(え……え?)


 硬直したままカレンはブラッドの腕の中にいた。ブラッドは少しの間、無言でカレンを抱きしめていた。


 ようやく身体を離したブラッドは、戸惑っているカレンの表情を見て、急に慌てたように「すまない」と一言だけ残して先に出て行ってしまった。


 カレンは呆然とその場に佇んでいた。


「今のは何……?」


 動揺しながらカレンはその場をぐるぐる回る。


「励ましたかったのかな……励ましたかったんだよね? ちょっと一回落ち着こう。ブラッド様はセリーナ様が好きなんだから、勘違いしちゃ駄目」


 カレンは大きく深呼吸をした。ようやく落ち着いてきたカレンは、ブラッドに出くわさないことを祈りながら仕事に戻ったのだった。

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