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第14話 嫌な予感・1

 カレンがある日、調理場で野菜の下ごしらえを手伝っていた時のことだった。


 首ホクロ女、アメリアが調理場にずかずかと入って来た。


「ねえあなた、お茶をお願いしていいかしら?」

 声をかけられたエマは「お茶ね? ちょっと待ってて!」と言い、急いでお茶の用意に行く。

 お茶を待つ間、暇そうに調理場の中を見回していたアメリアは、テーブルの上で芋の皮をむいていたカレンを見つけると、意地の悪い笑みを浮かべて近づいてきた。


「あらぁ、こんなに沢山の皮むきをするなんて、下働きって大変なのねぇ」

 カレンは顔を上げ、アメリアの顔を見ると眉をひそめ、再び作業に戻った。アメリアがカレンに話しかけてきたのはこれが初めてだが、これまで何度もアメリアには嫌な思いをさせられている。


(無視しよ)


 反応しないカレンにムッとしたのか、アメリアは腰に手を当て、更にカレンに絡んできた。

「ほら、私って針子だから、こういう下働きって経験がないのよね。一日中こんな仕事してるなんて、あなたも大変ねぇ。でも針子もとっても大変なのよ? 今日も騎士様が着る服の直しに行かないといけないし、騎士様のお話相手もしなきゃいけないの」

「そうですか」

 カレンは仕方なく、芋の皮をむきながら面倒臭そうに返事をした。


「騎士様はみんな、私に服を繕って欲しいんですって! だからみんな私の順番待ちなの」

「それはすごい」

 カレンは芋をぽいと籠に入れ、再び別の芋を手に取る。最初はなかなか上手く包丁を扱えずに苦労したが、ようやく皮むきも上手くなってきた。


 アメリアは反応が悪いカレンに苛立ち、机の上にバンと音を立てて片手を置いた。そして顔をカレンにぐいっと近づけ、意味ありげな笑みを浮かべる。


「騎士様はみんな、私に夢中なの。エリック様だって私の身体を褒めてくれるのよ」

 カレンは包丁を置き、アメリアをじろりと睨んだ。

「誰と寝た自慢って、一番ダサいと思うんですけど」

「な……!」

 アメリアは顔を真っ赤にした。


「あと、私とエリック様は何の関係もないんで、変な八つ当たりはやめてください」

 アメリアは眉を吊り上げると、それ以上何も言わずにカレンから離れていった。


(つい言い返しちゃった。喧嘩にならなくて良かったー……)


 カレンはアメリアの後ろ姿を見ながらため息を漏らした。調理場で揉め事を起こしたら、最悪の場合騎士団の館から追い出される可能性もある。ここで問題を起こしてブラッドに迷惑をかけたくはない。



 アメリアにお茶を渡した後、エマが心配そうな顔でカレンの元へやってきた。

「大丈夫だった? 何だか話しかけられてたみたいだけど」

「ああ……うん。大丈夫。あの女、何故か私に『騎士と寝た』自慢をして帰って行ったよ」

「そんなことをカレンに言ったの? 嫌な感じね」

 エマは顔をしかめた後、辺りを見回して声を潜めた。


「……彼女、カレンが来る少し前に入ったばかりだけど、騎士とやけに仲がいいみたい。私が聞いただけで三人の騎士とその……男女の関係になったみたいよ……」

「三人!?」

 驚いたカレンは思わず声が大きくなった。

「針子の友達に聞いたの。彼女、自分で自慢してるのよ。その中にはエリック様もいるんだって……」


「へええー! 凄いね! 私は誰とも寝てないっていうのに、あの女は最近入ったばかりで既に三人と寝てるってこと!?」

「もう、カレン! 大きい声で下品なことを言っちゃ駄目!」

 焦るエマに、カレンはアハハと豪快に笑う。

「平気だよ、ここには騎士も来ないし聞かれたって……」

 その時、エマが「あっ」と声を上げた。


 カレンが振り返ると、そこには従騎士アルドが眉間に皺を寄せながら立っていた。


「……あら、こんにちはアルド」

 ごまかすように笑うカレンに、アルドはますます眉間に皺を寄せた。

「ブラッド様が、少し小腹が空いたので何か欲しいとのことです」

 エマが焦りながら「サンドイッチでいいかしら? すぐに用意するわね!」と言い、奥へ逃げるように行ってしまった。一人残されたカレンは、気まずそうにアルドに微笑むと、気を取り直して作業に戻った。



♢♢♢



 従騎士アルドはチーズとハムが挟まれたサンドイッチをトレイに乗せ、ブラッドが待つ副団長室に入った。


「お待たせしました」

「ありがとう、アルド。そこに置いてくれ」

 アルドはソファの前にあるテーブルに、サンドイッチを静かに置いた。

 机でブラッドは手紙を読んでいた。読み終わった所で、ブラッドはため息をつきながら背もたれに背中を預ける。


「先日の討伐の後は、裂け目も綺麗に塞がっているし、土地も浄化されている。やはりセリーナ様の力は凄いな。アウリス領は王国で今、最も安全な土地と言えるかもしれん」

「さすがセリーナ様ですね」

 離れた所に立つアルドは、ホッとしたように表情を緩めた。


「だがノクティア領の様子がな……近々、向こうに騎士と聖女を派遣することになるかもしれない」

「あちらの状況は良くないのでしょうか?」

 心配そうに尋ねるアルドに頷きながら、ブラッドは椅子から立ち上がり、ソファに移動してサンドイッチを手に取った。


「良くないようだ。とりあえず、向こうの状況を確かめてからということにはなるが」

 ブラッドはサンドイッチにかぶりついた。よほどお腹が減っていたのか、あっという間に全て平らげてしまった。


「そう言えば、カレンは元気にしているか? 調理場に行ったんだろう?」

 手をハンカチで拭きながら、ふと思い出したようにブラッドはアルドに尋ねた。

「ええ、元気そうでした……」

 アルドは答えたが、まだ何か言いたそうな顔をしている。ブラッドは首を傾げた。

「何だ? 何かあるのか?」


「……実は、カレンさんのことで一つ気になっていることが」

「何だ?」

「騎士達の噂です。カレンさんがその……手当たり次第に騎士と寝ていると」

 ブラッドは表情を変え、身を乗り出した。

「誰がその話を?」


「……談話室で、数人が話しているのを聞きました。ですが妙なのです。先ほどカレンさんが調理場で『自分は誰とも寝てないのに、あの女は既に三人と寝てるのか』と話しているのを聞きました。噂とは全く逆なのです」

「あいつ、調理場で一体何の話をしてるんだ」

 ブラッドが呆れた顔でため息をつく。

「騎士の噂が正しいとすると、彼女の話と合いません。どちらかの話が嘘だということになります」


 ブラッドは顎に手を当て、その表情は厳しい。

「カレンがそんな女には見えないが。その騎士の噂の出どころを確かめたい。アルド、頼めるか?」

「かしこまりました。ブラッド様、僕もカレンさんが騎士の噂通りの女性とはどうしても思えません。調理場で本人が話していたのが真実だと思います」


 ブラッドはアルドの言葉に意外そうな顔をした。

「なんだ、アルド。随分カレンを庇うんだな」

 アルドはさっと視線を逸らした。

「……あの人は言葉は汚いし、振る舞いも下品ですが、嘘をつく人ではないと思います」

 ブラッドはアルドの言葉を聞き、嬉しそうに微笑んだ。

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