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第12話 聖女セリーナ・2

 セリーナの部屋の中に入ったカレンは、その豪華さにあっけにとられていた。


(何、ここ!? 何この広さ!?)


 白を基調とした部屋は眩しいほど明るい。部屋の中には段差があり、一番低い所に何故か池のようなものがある。


(池!? 部屋の中に池ぇ!?)


 その池には花が浮かんでいて、魚のようなものはいなかった。池を眺める為のソファが置かれ、更に一段高い場所には大きなテーブルと椅子が置かれている。奥には扉があり、もう一つ部屋がありそうだった。


「いらっしゃい。どうぞこちらにいらして」

 美しい楽器のような声だ。セリーナは真っ白なテーブルに座っていた。大きな窓から入る光が、彼女のプラチナブロンドの髪を更に輝かせている。足首まで覆う白のロングワンピースは、他の聖女と違う物だ。彼女だけの特別なものだろう。


 まさに「聖女様」だ。セリーナは完璧な顔に笑みを浮かべ、まるで人形のような美しさだった。カレンは圧倒されながら、恐る恐るテーブルに向かう。


「カレン、そんなに緊張しないで。さあ、どうぞおかけになって」

「は、はい。失礼します」


 緊張するなと言われても、圧倒的な美を前にしてさすがのカレンも怯む。日本にいた頃はこれでも美人だと言われてきた方なのだ。だがセリーナの完璧な美しさを前にすると、カレンが持っていた少しの自尊心はあっという間に崩れ去る。


「今、お茶を用意させているから少し待ってね? 今日は来てくれて嬉しいわ。ずっとあなたと話したかったのよ」

「わ……私もお会いしたかったです、セリーナ様」


 セリーナはカレンを見ながら目を細める。

「使用人の仕事はどう? 嫌なことをされたりしていないかしら?」

「とんでもない、良くしてもらってます。あの……セリーナ様にずっとお礼を言いたかったんです。あなたが私を保護しようと言ってくださったおかげで、私は騎士団の館で仕事をもらえたので……」

「良かったわ。誰も頼る人がいない所で、一人で街に放り出されるなんて……とても辛いことだもの。でも実はね、さっきブラッドには叱ったところだったのよ」

「叱った……?」

 カレンがキョトンとすると、セリーナはいたずらっぽく笑った。


「右も左も分からないカレンを、使用人に預けて放っておくなんて……もっと大切に扱うようにブラッドには言っておいたわ」

「いえ、ブラッド様は魔物討伐がありましたし……それに、使用人仲間のエマが色々教えてくれて、助かりました」

「そう? それなら良かったわ……でも、ブラッドが何かあなたに失礼なことをしたら、すぐに私に言ってちょうだいね? 私から言っておきますから」

「ありがとうございます」


 話をしながら、セリーナとブラッドの絆を何度も感じる。二人は長い付き合いで、心から信頼し合っているのだろうとカレンは思った。二人の間には、割って入れない雰囲気がある。


 セリーナの侍女がワゴンを押し、紅茶とお菓子を持ってきた。

「さあ、どうぞ召し上がってね。気に入ってもらえるといいのだけど……」

 カレンの前に出されたのは、香りのいい紅茶と小さな焼き菓子だった。紅茶が美味しいのは勿論、焼き菓子はフィナンシェに似ていて、バターの香りがよくとても美味しかった。


「凄く美味しいです」

 笑顔のカレンに、セリーナはホッとした表情を見せる。教会の筆頭聖女だという彼女だが、実際に会って話してみると気さくで優しい女性だった。カレンの緊張も徐々に和らいでいった。


「セリーナ様は、いつからここにいるんですか?」

 カレンはセリーナに質問をしてみた。

「私は十四からここにいるの。今二十歳だから……六年になるわね」

「若いのに筆頭聖女だなんて……セリーナ様って凄い人なんですね」


「そんなことはないわ。教会に入って、私には強い力があると言われて……いつの間にかこうなっていたの。もちろん、筆頭聖女として私は務めを果たしているつもりよ。でも……時々逃げ出したくなることもあるわね」

 セリーナは冗談なのか本気なのか分からないことを言い、微笑んだ。

「まだ若いんですもん。仕方がないですよ」

 カレンはあどけない少女のように微笑むセリーナを見て、少し気の毒に思った。


「聖女様って、傷を癒したり、穢れを浄化したりするんですよね……セリーナ様は生まれつき、そうだったんですか?」

「生まれつき……どうかしらね。聖女の才能が分かるのは、もっと大きくなってからなの。個人差はあるけど、大体十二から十六くらいが多いかしら。いつ、どんな時に聖女の力に目覚めるかは人それぞれなの。カレン、だから私はあなたを保護するべきだと思ったのよ」


「……私に、聖女の才能があるかもしれないと?」

 セリーナは真剣な顔で頷いた。

「あなたは教会の敷地内にある、聖女の霊廟で見つかった。あそこは外から侵入するのはとても難しいわ……私は、ひょっとしたらカレンは『聖女エリザベータ様』が遣わしたのではないかと思っているのよ」

「聖女エリザベータ……」

「あの霊廟に眠る、この国で一番最初の聖女となった方よ」

 聖女の本の表紙の女性は、聖女エリザベータを描いたものだ。彼女の話は本にも書いてあったなとカレンは思い出す。


カレンは戸惑いながら首を振った。

「そう思ってくれるのは嬉しいんですけど……私はもう二十三歳で、聖女の才能ってやつに目覚めるとは思えません。セリーナ様が期待するような人ではないと思います」

「まだ分からないわ。だから……しばらくはここで過ごして欲しいの」

 セリーナはカレンが特別な存在だと信じているようだった。カレンは彼女の表情を見て胸が痛んだ。


(私はただの女だ。日本から何かの拍子にこちらの世界に紛れ込んでしまっただけの)


 何の才能もない女だと知られたら、もうここにはいられないだろうとカレンは思った。だが使用人としてなら、なんとか置いてもらえるかもしれない。


(失望されないように、仕事を頑張らないと)


 何も持たないカレンが生きていく為には、今の仕事にしがみつくしかなかった。

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