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第11話 聖女セリーナ・1

 騎士団の帰還から数日後、従騎士アルドがカレンを迎えに来た。


「カレンさん、セリーナ様がお呼びです」

「え、今!?」

 カレンは調理場の外で鍋をゴシゴシ洗っているところだ。


「すぐに行きましょう。セリーナ様をお待たせするわけにはいきませんので」

「……勝手、ですねぇ……」

「すぐに行った方がいいわ。後は私がやっておくから」

 一緒に洗い物をしていた使用人仲間のニーナがカレンに促す。

「ごめんねニーナ。それじゃ、後はお願い」

「エプロンは外してくださいね。それでは参りましょう」

 アルドはさっさと歩き出し、カレンは慌ててエプロンを外しながら後を追った。




 騎士団の館内を歩いていると、すれ違った騎士が二人、なんだか意味ありげにカレンを見て来た。

 ニヤニヤしながら、カレンを見て何かを話しているようだ。カレンはそのことに気づき、眉をひそめる。


(なんか、最近ああいう目で見られるんだよね……)


 他の騎士にも似たような目つきで見られることが増えた気がしていた。彼らは皆決まってあのようなニヤケ顔でカレンをじろじろと見る。初めは顔に煤でもついているのかと思ったが、特に自分の姿におかしいところはない。


 魔物討伐に行く前は、あのような目つきで見られることはなかった。討伐の後から彼らの態度が変わったのだ。


(特に何を言われるわけでもないから、放っておけばいいんだろうけど……)


 なんとなく不快な思いを抱えながら、カレンはアルドの後に続いて教会と騎士団の館を区切る門をくぐる。




 アルドと一緒に歩いていた時、突然彼が立ち止まった。


「? どうしました?」

 カレンが尋ねると、アルドは振り返り、神妙な顔をしていた。

「カレンさんに謝ろうと思いまして。聖女の本のことで……」

「ああ……あのことならもういいですよ」

「いえ、きちんと謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした」


 アルドはしょんぼりしていた。その表情から、恐らくブラッドに相当絞られたのだろう。

「どっちみちあの本は全部読まないといけないし、早いか遅いかの違いですから」

 クソガキアルドに腹は立つものの、カレンはもう本のことはどうでもいいと思っていたので、変に謝られて困惑している。


「……ブラッド様が連れてきた使用人がいい加減な女ですと、ブラッド様の評判に関わります。あなたがここで働くことにどれだけ本気なのか、確かめようとしたのです……でもそれは、僕がやることではありませんでした」


 カレンは腕組みをして、アルドをじっと見た。

「まあ、そうですね。それはあなたがやることじゃない。でも、あなたの気持ちは分かるよ。私もブラッド様の評判を落としたくない。その気持ちはあなたと同じだと思う」

 アルドは驚いたように目を見開いた。


「ちゃんとやれるかは分からないけど、ブラッド様に迷惑をかけるつもりはないから、それは覚えておいてね。後、これからはあなたを『アルド』って呼ぶけどいい?」

「……それは……構わないですけど……」

「はい、じゃあこの話はもう終わりね! 終わり終わり!」

 笑顔を浮かべるカレンと、困惑したままのアルドは再び歩き出した。




 教会の中をどんどん進み、階段を上がって更に長い廊下を歩き、右に曲がったり左に曲がったり、セリーナの部屋はかなり遠く、入り組んだ場所にあるようだった。


「ねえ、アルドっていくつなの?」

 ふと気になり、カレンはアルドに尋ねた。

「十七歳です」

「じゅうなな!? そりゃクソガキなわけだわ……」

 アルドはじろりとカレンを睨む。

「セリーナ様の前で、そのような下品な言葉を使わないでくださいね」

「アラ、ごめんあそばせ……オホホホホ」

 横目でカレンを睨みながら、アルドは廊下の一番奥にある扉を指した。

「あそこがセリーナ様のお部屋です」


 その扉は背丈の倍ほどもあった。両開きでドアノブまでも細かい装飾が施され、豪華な部屋だということが扉からも分かる。


 二人が部屋の前に着いた時、ちょうど部屋の扉が開き、ブラッドが出てきた。

「おお、お前達か。もうじきセリーナ様から呼ばれるだろうから、ここで待っていろ」

「はい、ブラッド様」

 アルドは背筋を伸ばしてブラッドに答える。


「俺は先に戻る。カレン、セリーナ様はお前に会うのを楽しみにしていたぞ。あまり気負わずに過ごしてくれ」

「は、はい……あの! ブラッド様。この間のワイン、とっても美味しかったです。みんなで頂きました……ありがとうございました」

 慌てて先日もらったワインのお礼を言うと、ブラッドは目を細めて微笑んだ。

「そうか。口に合ったみたいで良かったよ」

 ブラッドは嬉しそうな顔をして去って行った。カレンは彼のすらりとした後ろ姿をじっと見送った。


「……あのワインは、アウリス産の最高級品ですよ」

「え! そんなにいいものだったの? エマ達とあっという間に飲み干しちゃったよ……もっと味わえば良かった」


 エマとニーナ、三人でワインを飲みながら楽しく過ごしたのだが、二人とも美味しい美味しいとどんどん飲んでしまい、カレンは結局一杯しか飲めなかったのだ。もうあんなワインを飲む機会などないだろうが、後の祭りである。




 しばらく待っていると、ようやく扉が開いて女が出てきた。教会で暮らす聖女の中で、優れた能力を持つ聖女には専属の侍女がつく。彼女はセリーナの侍女のようだ。


「カレン様。どうぞ中へお入りください」

「は、はい」

 緊張しながらカレンは答える。

「それでは僕は先に戻ります」

 アルドは中には入らず、そのままカレンを見送った。

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