「カレン! 騎士団のお見送りに行こう!」
エマに誘われ、カレンはエマと一緒に館の外に出た。
外には既に多くの使用人がいた。館の正門は開かれ、使用人達は皆、正門から外に出ている。
「急ごう!」
エマに手を引かれ、小走りで二人は正門に向かう。巨大な門を通り抜けて外に出ると、門の先は広い街道に繋がっていた。街道は少し傾斜があり、緩い坂道の先は教会の正門に通じている。向こうの正門も開いていて、教会側にも見送りらしき人々の姿が見える。
街道を挟むように、騎士達がずらりと並んで立っているのが見える。
「全員行くわけじゃないの? その……『魔物討伐』ってやつに」
カレンは騎士達を見ながらエマに尋ねた。
「うん。今回は『ブラッド副団長』の隊が行くの。魔物討伐は全員行くわけじゃないのよね。えーと、副団長は二人いるんだけど、今回は『フロスガー副団長』の隊が館に残ってここを守るのよ。教会に残る聖女様を守らなきゃいけないしね」
「あー、なるほど」
「ここに残る聖女様は、街に魔物が入り込まないように祈りを捧げないといけないし、討伐に行く騎士も大変だけど、残る方にも重要な役目があるのよ」
カレンは魔物というものが何なのか分かっていない。だが魔物から街を守るために、それぞれが力を尽くしているということは理解できた。
「そもそも、魔物って何なの?」
「カレンの国には、魔物はいないの?」
エマは心底驚いたような顔でカレンを見た。魔物がいない世界なんて信じられない、とでも言いたげである。
「魔物はいないかな、変態なら沢山いるけど」
二人の隣に立って話を立ち聞きしていた使用人の女が「変態が沢山……!?」と言いたげ顔でカレンをちらりと見た。
「アハハ! カレンの国って変わってるわね! 魔物って言うのは月に一度、新月の夜に闇の世界からやってくるの。完全に月の光が失われるその夜に、地面が割れて魔物がやってくる。それを退治するのが騎士の役目で、騎士に同行して傷を癒すのが聖女様の役目なの」
「月に一度……」
「まあ、ここにいれば魔物が入ってくる心配もないし、私達はただ騎士団のお手伝いをすることだけ考えてればいいと思う……あ、来た来た! ねえほら見て、カレン!」
エマが教会を見ながらカレンの肩を叩いた。わっと言う歓声と共に、馬に乗った騎士達がぞろぞろと正門から出てくるのが見える。
「先頭が、騎士団長のサイラス様よ」
エマに言われ見てみると、先頭を歩くサイラスという男はブラッドよりも年上のようで、髭面でブラッドよりも更にごつい体つきだ。例えるならば熊のようである。
それから次々と騎士が馬に乗って行進するのを、見送りの人々が手を振ったり、祈ったりしながら見送る。彼らはこれから魔物討伐に行くという重要な役目がある為、残る人々が彼らの無事を祈っているのだ。
行列は進み、続いて出てきたのは馬車の列だ。
「あの馬車には聖女様が乗っているの」
「凄い……」
カレンは口を開けたまま、豪華な馬車の列が通り過ぎるのを見送る。そして一番最後に出てきた馬車は、これまでの中で最も大きい馬車だ。
「最後の馬車に乗っているのが、アウリス・ルミエール教会の筆頭聖女、セリーナ様よ」
「ひっとうせいじょ」
雰囲気に圧倒されているカレンは、エマの言葉をただオウム返ししていた。
「聖女様の中でも、最も癒しの力が強い方が筆頭聖女となるのよ。あ、ほら! 馬車の後ろにブラッド副団長がいるわ。それにエリック様も」
セリーナの馬車を守るように、後ろにブラッドとエリックがいた。エリックは笑顔を振りまき、手を振る女性に手を振り返したりしているが、ブラッドはにこりともせず、ただ真っすぐに前を見ている。
「ブラッド様は、セリーナ様の護衛騎士でもあるの」
「ごえいきし」
「筆頭聖女は教会にとって最も大事な存在だから、専属の護衛騎士がいるのよ。ブラッド様はずっとセリーナ様の護衛騎士を務めているのよね」
「へえ……」
聖女の霊廟に彼らが現れた時、セリーナは確かにブラッドを従えていた。二人の間に確かな信頼が感じられたのは、やはりそういうことだったのだ。
エマは急に声を潜め、カレンに耳打ちをする。
「大きな声じゃ言えないけど……ブラッド様がセリーナ様に恋してるっていう噂は、ここにいるみんなが知っているわ」
カレンは自分の前を通り過ぎていくブラッドの横顔を見た。彼がカレンを丁重に扱っていたのは、愛するセリーナの指示だからということなのだろうか。
エマの声が更に小さくなる。
「でもね、セリーナ様はサイラス騎士団長の婚約者なの。だからブラッド様にとっては、叶わぬ想いってわけなのよね」
「えーっ」
カレンもエマの真似をして声を潜めながら驚いて見せた。騎士と聖女の間には色々とドロドロしたものがありそうだ。
(どこの世界も、恋愛模様は同じなんだな)
カレンは遠ざかるブラッドの背中を見つめながら、そんなことを思った。
見送りが終わると、使用人は再び仕事に戻る。カレンは基本的に調理場の手伝いをしながら、手が空いた時は他の仕事を手伝うことになっていた。蝋燭の交換のお手伝いや、暖炉の灰をかき出す仕事や、細かい手伝いは色々あった。
新しい蝋燭を壁掛けランプにセットする手伝いをしていた時、館の中を歩く猫の姿を見つけたカレンは目を輝かせた。
「猫を飼ってるんだ」
よく見るとその猫は首輪をしていて、小さなメダルのようなものが首輪についている。
「ああ、彼はライリーだよ。うちの『ネズミ捕り担当』なんだ」
蝋燭をランプにセットしながら、蝋燭職人の老人は言う。
「ネズミ捕り……確かに賢そうな顔をしてますね」
ライリーはすました顔で廊下を歩いて行った。
「彼はああ見えて騎士の称号をもらってるからね。首輪についていた勲章を見ただろ? 優秀な猫なんだ」
「えっ、じゃあライリーは騎士……!?」
尻尾をピンと立てながら優雅に歩くライリーを見ながらカレンは呟いた。
(と言うことは、騎士じゃない私はライリーより立場が低いってこと……?)
「……ライリー様って、呼んだ方がいいですかね?」
カレンの言葉に、蝋燭職人はワハハと豪快に笑った。