■自宅
「あー、しんどい……」
俺はベッドへダイブして寝ころんだ。
広告デザインの仕事は初めてだったこともあり、華やかなデザインに秘められたすごく大変なことが身に染みる。
派遣社員で入社1週間目ということもあって19時の定時で帰らせてもらっているのだけが救いだった。
「最近ゲームも遊んでないなぁ……」
パソコンデスクに座るのもおっくうになるほど疲れている。
FoEもログインができておらず、疲れて眠ってしまうのでスマホのアプリもろくに見てなかった。
ログインボーナスとメッセージの確認を行うだけで精いっぱいなのである。
メッセージには公式のイベント連絡の合間にアインやサガから心配したものがちょこちょこ入って来ていた。
「今日は金曜で、明日も休みだから久しぶりにログインするかな」
疲れて眠りたくなる体を起こし、目を覚ますためにシャワーを浴びてからゲーミングチェアーに座る。
長時間のプレイのために給料をつぎ込んで買った代物で、これのお陰で俺は10時間だって連続プレイができた。
「さぁて……今日も俺は世界の平和を守りますよっと……」
首と腕を鳴らした俺は久しぶりに見る起動画面で興奮を覚えた俺は赤髪の勇者、ユージンを選択してログインする。
ステーションに降り立つと、賑やかな画面と音が俺の目の前に広がった。
”駅”とついている通り、FoEのいろんな場所へ移動するための連絡通路になっていて、列車で移動できるようになっている。
ログイン時にマイハウスを持っていない場合か、指定がない場合はこのステーションへ集まるのだ。
そのため、ごちゃごちゃした空気になるのは仕方ない。
「ステーションが賑やかなのは……そうか、春の新人キャンペーンか。裏では大量に垢BANされる季節だねぇ……」
〈ガルガンチュア〉『そこにいるのはユージンじゃないか! 久しぶりだなぁ!』
〈ユージン〉『ガルさん! 久しぶりです! 新しい派遣先が大変で、スマホでのログインだけでした』
ユージンに声をかけて来たのはガタイのいいおっさんアバターのガルさんことガルガンチュアだ。
ギルド【賢者の集い】のギルドマスターではあるが、ガルさんは賢者ではなく、錬金術師である。
なんで、こうなったのかは誰も知らず【FoE七不思議】としてWikiにも掲載されていた。
〈ガルガンチュア〉『今度は長く働けるけどいいな! 応援してるぜぇ!』
会話をしながら、モーションでポージングをしていくアバターの姿に俺は吹き出す。
飲み物を飲んでいたらディスプレイにぶっかけていたので、よかった。
ガルさんはマッチョなアバターにポージングをして会話するので、誰が呼んだか【錬筋術師】とい異名で呼ばれてもいる。
〈ユージン〉『ガルさんは新人歓迎ですか?』
〈ガルガンチュア〉『そうだぜぇ~。ユージンがいっていたようにマナーの悪いプレイヤーから新人を守っているだ。ワイルドだろぉ~?』
〈ユージン〉『何がワイルドなのか、わからないですって』
〈猫天使ぐりゅえる〉『そのネタ若い子にはわからないのじゃ。ローカル芸人さんのネタなのじゃからの』
〈ガルガンチュア〉『そ、そうだったのか……まだまだ全国で行ける人だと思っているのに……』
ガーンというエモートを使ってショックを受けて言るガルさんの傍に立っているのは猫耳と尻尾、さらに天使の羽が生えたロリっ子の【ぐりゅさん】だ。
ガルさんとはリアルでも夫婦であり、FoEで【賢者の集い】主催の結婚式が行われたのは記憶に新しい。
〈ユージン〉『ぐりゅさんもこんばんわ』
〈猫天使ぐりゅえる〉『うむ、こんばんわなのじゃ♪』
エモートで喜びを表しながら、ぐりゅさんもユージンに挨拶してきた。
この人も廃課金勢だが、俺はゲームで強くなるために課金するガチ勢で、ぐりゅさんは衣装や使い魔に金をつぎ込むエンジョイ勢である。
〈ユージン〉『久しぶりにログインしたんですが、今日もにぎわっていて、実家に帰ってきたよう様な気分になりました』
〈猫天使ぐりゅえる〉『ゆるりとするがよい。ゲームはサ終しない限りお主の居場所じゃ』
〈ユージン〉『サ終はつらいですよねぇ……』
〈ガルガンチュア〉『ユージン、お前が今暇なら新人のキャリーを一緒にやらないか? お前とも久しぶりに遊びたいぞ、今夜は寝かさん、ふんっ!』
〈猫天使ぐりゅえる〉『くふふふふ、ガル×ユー……くふふふふ』
〈ユージン〉『ぐりゅさん!? 俺とガルさんはそんなんじゃないですからっ!? ちょっとガルさん、嫁さんが腐り始めているから止めてくださいよ』
〈ガルガンチュア〉『何をいう! ぐりゅはそこがいいところなんだよ!』
〈ユージン〉『えぇぇ!? 今、のろけるところあったぁ!?』
俺がガルさんのボケに突っ込んだりして、話が盛り上がっているとき新着メッセージが届いた。
〈システム〉『アインさんからの新着メッセージがあります』
メッセージの中身を確認すると、俺は移動することを決める。
一緒に話すための呼び出しだった。
〈ユージン〉『ガルさん、ちょっとアインが呼んでいるので行ってきます。キャリーはまた今度』
〈ガルガンチュア〉『アインであれば仕方ないな。優しくしてやるんだぞ?』
〈猫天使ぐりゅえる〉『ではの!』
二人と離れ、俺はステーションの中から世界樹の生えているエリアに向かう列車へ乗る。
久しぶりにアインと直接会ってチャットできるのが楽しみだった。