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恋の呪文は、カンパーラ
Writer Q
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年11月22日
公開日
3,492文字
連載中
ところどころ、本当の話を散りばめたコミカル・ファンタジーです。

一話完結

 名字しか明かさない、不思議な男だ。


「忌部です」とだけ言って、黙り込む。

「え? 下の名前は?」


 私の占いの館に夕暮れ時、飛び込みでやってくる客は、だいたい訳アリだ。

 ……ただ、イケメンね。


「下の名前? そんなの意味ないです。大事なのは家系を示す名字だと思います」

 見とれてつい「そう」と言ってしまった。


「いや、無理無理。ここは占星術をメインで扱うから、フルネームやないと占えんけど」

「じゃ、止めときます」


 嘘だろ、おい。諦めてるつもりか。

「手相も見られるで。それやったら名前を知らんでも大丈夫。料金も半額にしとくわ」

 無様なほどに私は必死になっている。


「どんなことを知りたい? 恋愛?」

「ボクはあなたのことが知りたい」


 へ? 私?

 四十路に突入した、独身で男もいない私のことを聴いてどうする?


「姫と、お呼びすればいいですか?」

 オモロいギャグかますやないの。っておいおい、手を握ってきた。本気か?


「知っていますよ。姫は、ヤタガラスのメンバーで、天神系陰陽師の賀茂さんですね?」

「何、そのヤタなんとか、って? 新喜劇のメンバーか? 一応、名字は賀茂やけど、ツキカって下の名前で呼んでもええんやで」


「行きましょう? 賀茂さん」

 え? 私の話、まるで聴いてないな。


「いきなり、デート?」

「違います」

「違うんかい!」

「とにかく、ボクについてきてください」


 つないだ手を引いて、強引に店の外にある車に乗せられた。大丈夫か、私? 


 外は夕日が沈みかかって薄暗くなっていた。店の外に止められていた、カッコいいスポーツカーの助手席に座ると、シンデレラにでもなったような気分になる。


「どこに連れて行ってくれるん?」

「六甲山の上にある見晴らしの塔です」

「神戸の、1000万ドルの夜景やね。ステキ」


 心なしか、この男は焦るようや表情を浮かべ、京都市北区から神戸へ車を走らせた。


「ボクは忌部一族の中心地、三重県いなべ市のに住んでいます。かつて麻を生産し、大麻や、麻織物などを使って朝廷の祭祀を担ったその忌部一族の末裔が姫とボクです」

「あ、それ、祖父から聴いたことがある。生前、私のお祖父ちゃんも三重県のいなべ市に住んでいたから」


「それは、賀茂了計さんですね」

「そう! お祖父ちゃん、知ってるの?」


「はい、ボクの遠い親戚です」

「じゃあ、私と忌部さんは親戚ってこと?」


「そうです。姫の家族である賀茂氏は、その忌部一族の中でも天神系陰陽師で秘伝の奥義、カンパーラを使えるエリート中のエリートの家系です」

「何それ?」


「とにかく、今、日本が危ないのです。レイラインがクロスするポイント、六甲山の展望台へ急ぎましょう」


 名神高速の京都南インターチェンジから阪神高速を経由して六甲ケーブル下駅近くの駐車場までの時間、この男は都市伝説のような話を真面目に説明してくれた。


 地図で伊勢神宮と出雲大社を結ぶ直線と、北陸の白山山頂と四国の剣山山頂を結ぶ直線がちょうど交差するのが六甲山の山頂であり、神秘的なパワー源泉の地とされるそうだ。


 その神々の下で配置された神秘のスポットをつなぐ線をレイラインと言うらしい。


 恐らくギャグで言っているとは思うが、私たち忌部一族をルーツに持つ賀茂氏、齋藤氏、伊部氏、秦氏などが、これまで影で陰陽師の使い手としてヤタガラスという秘密結社をつくり、日本を支えてきたとのことだ。


 この男はドライブ中、霊気が増幅する六甲山のレイライン・クロスの場所で、敵が日本を転覆させようとしている、と力説した。


「ごめんやで疑って。敵ってユーレイ?」

「藤原不比等を祖とする藤原一族です。明治時代以降、日本の政治中枢から外された恨みからか、陰陽師で災いをもたらすようになりました。そして令和になった今……」


「令和になった今、何?」

「あ、六甲ケーブル下駅に着きました! 急ぎましょう」


 焦るイケメンを他人事のように眺めながら乗るレトロなケーブルは、デートとしてサイコーだ。


 山頂をめがけて上っていくと、宝石箱をひっくり返したようなきらびやかな夜景が目に飛び込んでくる。恋に落ちてしまいそうだ。いや、もう落ちているか。


 六甲山上駅からバスに乗り換えて、六甲ガーデンテラスに着くと、パノラマの、まさに1,000万ドルの夜景を前に言葉を失った。


「ねえ、せっかくやしカフェにいけへん?」

「そんな状況ではありません。急いで!」

「えぇ~。もう」


 でも、強引に連れていくのに手を繋いでくれたのが嬉しかった。


 見晴らしの塔と呼ばれるヨーロッパ調の建物に着くと、イケメンは急に怖い表情になった。そして、目の前にいる優しそうなおじいさんを睨んでいる。


「お前が、結社フジワラのリーダーだな!」

 おい、いきなり失礼だ。やっぱり病気か?


「お兄さん、ワシに言っているのかね?」

「すいません。ちょっと、いくらなんでもこの優しそうな方に失礼やで。謝ろうよ!」

 動揺するこの老人が気の毒だ。


「姫、騙されてはいけません! 奴は今、ここで呪文を唱えていました」

 ダメだ、コイツ。


「お兄さん、ただ夜景を楽しむこの年寄りにあんまりじゃないか?」

 そう、じいさん、あんたの言うとおり。


「首都直下型地震を引き起こして、日本政府を転覆させ、藤原が支配するつもりだな。ならばこちらも、悪霊退散をしてやる」

 ビョーキイケメンは折れないどころか、鞄から木の枝を取り出し、呪文を唱えている。


「もう、ごめんなさいね、おじいさん。後で私が怒っておきますから……」


「ふっ、小僧が小癪なまねを。いかにもワシはフジワラ一派だ」

 え? 急にじいさん、どうした?


「やはり。しかも地祇系陰陽師の使い手か」

 すると、星空が空が急に暗黒の雲に覆われ、地面が揺れ出した。地震だ。まさか。


「キサマらを先に始末してやる」

 ピンチだからか、イケメンが私を凝視する。ヤダ、照れる。


「姫、お願です。今こそカンパーラを!」

 え? カンパーラってどんなギャグ?


「何、カンパーラだと? その秘伝を使う邪魔物は、数年前、ワシが呪い殺したわい」


 私の祖父の話? 祖父は年が年だから、肺炎で亡くなったのだが。


 あ、イケメンが強気な顔つきに変わった。どうした?


「バカめ、フジワラ一派よ。この姫は奥義カンパーラを使う正統な後継者だ! 今から姫にしかできない大雨と稲妻の奥義を見せてやる」


「何ぃ~!」

 じいさんが言うべき台詞を、先に私が言ってしまった。


「ムリムリムリ! カンパーラって何?」

「またまた。ほら、大雨と稲妻、お願いしますよ」とイケメンは、苦笑する。


「え? え? 姫、マジでできないのですか?」

「……うん、マジ。できないけど……?」


「もう、ダメだぁ~! 日本が沈没するぅ」

 私が悪いの? 急に男は私への態度を変えた。


「あんた、何か賀茂了計さんから教えてもらわなかった?」

 あんた呼ばわりはないだろ。姫からどこまで格下げするのさ。


「ほら、頼むから何か思い出せよ」

 それより命令口調を止めて。哀しすぎる。


 急に強い風が吹き、地鳴りがする。足元の地面が割け出した。殺されるの?

「そういえば、恋が必ず成功するおまじないを了計じいさんから習ったことがある!」


「何でもいいから、それやって!」

「恥ずかしい」


「あんた、そんな場合じゃない。死ぬよ」

「分かった!」


 羞恥心を捨て、私は習ったとおりおまじないをした。それは、呪文というより唄だ。


「アレワイサァ~コレワイサァ~ノ~ヨォ~ィヤセェ~ノォ~ヨォ~ィトセ~♪」


「な、何? 伊勢音頭……か」


 私は必死で唄い続ける。


「やめろ、この女め! 悪霊が消えていく」


 え? まさか、効いているのか?


 そして、突然、雨が降り出した。

 偶然? そうよ、雨が降るのはきっと偶然だよ。


「そうか、伊勢音頭は、古代ヘブライの言葉を織り混ぜた歌詞。姫の家族の賀茂氏はユダヤ由来だから、呪文化できるのか」


 やかましい、イケメンよ。それより雨に濡れてヤなんだよ。

 もう、びしょびしょなんだけど。


「やめろぉ~!」

 唄い続けると、やがて雨雲を切り裂くクロスしたラインが空に浮かび、青い稲妻が藤本のじいさんに直撃した。


 そして、辺りが静寂に包まれ、目の前で藤本のじいさんが倒れている。


「うそ、まさか、私が殺しちゃった?」


「違います。この男から呪いを取り除いただけてす。ほら、ちゃんと息をしています」


「よかった!」


「もうコイツは呪文が使えなくなりました。さすがです、姫。日本をお救いいただき、ありがとうございます!」


「やかましいわ!」


「無礼なマネをして、すいませんでした」


「申し訳ないと思うなら、キスをしろ!」


 え、うそ。1,000万ドルの夜景を背後に、私は雨もしたたるシンデレラになろうとしている。


 了計じいさんの教えてくれた恋のおまじないは、本当の意味で効くのかもしれない。(了)

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