『……と、いうわけで。先にスペクターを
「……まじか」
ジョン・ハリス
思わず声を漏らしてしまったリエリーは、チラリと横を見た。
負傷の痕が痛々しいドレッドヘアは、こちらを見向きもしない。正面の一点をただ睨み付け、準備運動がてらに関節を動かすだけだった。
前から険しかったアキラの目つきだが、今は暗い影が落ちているように見える。ここまでの道中も無言を貫いたアキラには、まるでリエリーが見えないかのようだった。
(なにがあったんだろ、アキラ……)
何度となく話しかけるべきか迷った挙げ句、結局は諦めることにした。話しかけたところで答えが返ってくるとも思えなかったし、何より、今はこの
『君らには、そのプロトタイプ模擬フィールド〈コロッセウム〉の耐久試験も依頼しているつもりだ。思う存分、力を発揮してくれてかまわないが、何せ〈グランド・ネクサス〉からの借り物なんでね。
「――そろそろ始めてくれないっすか」
ハリスの声を遮ったのは、アキラの低い声だった。意外すぎる展開を目の当たりにして、リエリーは目を瞬かせる。
口の悪さで右に出る者はいないアキラだが、規律を重んじる姿勢もまた、枝部では知られたことだった。
そんなアキラが、上官であるハリスの言葉を遮ったことに、リエリーは心底、驚いて声が出ていた。
「ちょっとアキラ、どした。あんたらしくない――」
「――アタシのなにがわかるんだよッ!」
ようやく目を合わせたアキラの紫瞳は、憎しみに燃えていた。涙幽者でさえ、見せることが滅多にない、純粋な憎悪。
言葉が出てこないでいると、頭上から枝部長の声が続いた。
『それもそうだ。では、あとはプログラムに任せるよ。――〈コロッセウム・システム〉、起動。プリセット・ツインズ』
ハリスの声に反応し、それまで灰色の空間でしかなかった空間にノイズが走る。たちまちホログラムが描かれると、辺りはカシーゴ・シティの一角に様変わりしていた。
変化は風景に留まらず、リエリーたちの体にも及んでいた。
丸腰だった手に、見慣れた、だが触れた回数は数えるほどしかない乳白色の
「
不思議な感覚だった。
ホログラムだから重さは全く感じない。
が、手を動かすと、寸分違わず〈ハート・ニードル〉が追従して動き、まるでそこにあるように錯覚させる。
噂でしか聞いたことのない、最先端テクノロジーの実物がそこにあった。
「「――――」」
そうしてホログラムに感心していると、こちらはもはや慣れ親しみすぎてしまった涙幽者の咆哮が、重複し、ひときわ大きく耳を聾してきていた。
「よっし! さあてと。救命の時間――」
「――とっとと消え失せやがれッ!」
〈ハート・ニードル〉を構えるより早く、ドレッドヘアが残像を残して消え去る。
その横顔が、ゾッとするような表情に歪んでいたのをリエリーの目は捉えていた。