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相棒として

(……ロカ、こんなもん、用意してたの?)


 カシーゴ威療士枝部レンジャーネクサスに所属する、ほぼ全てのチームリーダーたちの視線を感じながら、自身の〈コンソール〉を掲げていたリエリーは、奥歯をギリッと、噛んでいた。

 養父の意思表示――万が一、自分の身に不慮のことが起きた際の、いわば遺言のようなもの。

 そのようなものがあると、リエリーが知らされたのは、つい先刻のことだった。

 ルヴリエイトに救命活動の休止を勧められ、束の間とは言え、怒りに身を震わせた直後のことだ。

 その選択は、決してあり得ないものだった。

 その選択は、いわば大海を泳ぐ魚に対し、『陸で生きろ』と言うようなものだ。

 それだけではない。

 その選択は、約束を破ることを意味する。

 あの日――マロカが身を挺して守ってくれた日、リエリーは自分の心に約束した。

 何があっても、絶対に威療士になると。

『とても大切なことだ』と言ってくれたマロカのように、自分も“腹ぺこレベネス”を――涙幽者スペクターの命を救う威療士になると。

 だから、救命活動を辞めたりなんか、絶対にしない。


(あたしがロカの分まで、命を救ってやる。救って救って救って、ロカが目覚めたら街からスペクターが消えてるくらい、救ってやるから)


 そうルヴリエイトに打ち明けると、乳白色の正十二面体はリエリーの〈コンソール〉に例のビデオメッセージを送信してきたのだった。


 ――レンジャーなら、みんな用意してあるはずよ。だから怒らないであげてね。


 例によって、何もかも見透かしたルヴリエイトの言葉に、リエリーは言葉を返さなかった。ブリーフィングの時間が迫っていたというのもあるが、彼女の願いに応えられる自信がなかった。

 現に、ホログラムのマロカが宣言を終えても微動だにしない自分に対し、幾つもの怪訝な視線が突き刺さっていた。


「What the hell?! さっすが〈Battle-Lock〉だぜ」

「しかしですぞ? ネクサスマスター。“リーダー代理”などという役職、初耳ですな」

「役職なんて作ればいいさ、リーダー・フィンガロ。僕にはその権限があるんだし」

「Whoa!」

「というジョークはともかく。悪いが、レジデント・リエリー・セオーク。時間が押しているものでね。君がこのブリーフィングに参加する資格を持つべきか、直ちに決定しなければならない。もちろん、黙っているようでは退室をしてもらうことになるけどね」


 ここに来るまでの間、何を言うべきか、ずっと考えていた。

 マロカと救命活動を始めてから5年、リーダーとして養父がどのように責務を果たしていたか、リエリーは隣で見てきた。

 正直、自分には向いていないと思った。もっと言うなら、できないと思ってもいた。


(けど、やるんだ。だって……)


 それは単に、救命活動を続けられるからというだけのことではなかった。

 マロカは、自分を選んだ。

 ルヴリエイトでもなく、他の威療士でもない。活動休止でもなかった。

 マロカは、としてリエリーを選んだ。

 これ以上、何を望むものがあるだろう。


「……あたしは、ロカ――レンジャー・マロカ・セオークとはちがう。彼みたいに強くないし、忍耐強くもない。あたしはすぐカッとなる」


 話し始めたリエリーを遮る声はなかった。が、向けられる視線は温かいものばかりではない。

 知らず、拳を握り締めていた。

 今すぐにでも、ここから逃げたかった。

 一人は、心細かった。


 ――おまえさんはリエリー・セオークだろう? セオークは太古の言葉で、“鮫”を意味してるんだ。どうだ、俺よりも、おまえさんのほうがピッタリだと思わないか?


 ふいに、いつかマロカと交わした言葉が、思い浮かんでいた。

 まるで、大きくて温かい手が背中を押してくれているようだった。


「けど! あたしは、リエリー・セオーク。〈戦錠〉マロカ・セオークの相棒バディだッ! あたしはだれよりもマロカ・セオークを知ってる。〈戦錠〉ならどうするか、だれよりもわかってる。あたしよりマロカ・セオークの相棒ができるってヤツがいたら、勝負して。もしあたしが負けたら、リーダー代理、やめるから」

「Jeez! こいつぁ、決闘じゃねぇか! ハッ!」


 ホールに集った威療士たちの反応は、マチマチだった。が、その大半は失望したように目を逸らしている。

「あの〈戦錠〉の相棒がこんな少女なのか……?」という露骨な声も聞こえて、リエリーは奥歯を噛み締めた。

 次第に焦りが増してきて、リエリーは懸命に次の策を思考する。

 と、聞き慣れた挑発的な声が響いて、リエリーはハッと顔を上げた。


「――相棒バディだからなんだってんだ、え?」

「アキ、ラ……?」


 利き腕をギプスに巻かれ、痩けた頬が目の下の隈と相まって、かつての面影は皆無に等しい。

 トレードマークだったロングのドレッドヘア、それを刈り上げたらしい痕だけが、リエリーの知る彼女――アキラ・レスカであることを示していた。

 アキラはリエリーの呼びかけには答えず、殺気を纏った紫の双眸が、真っ直ぐ射すくめてくる。


「アンタ、相棒を助けられなかったんだって?」

「っ……!」

「目の前で倒れた相棒を、ボケッと突っ立って見てたんだろ? それで相棒? はっ! レンジャー・セオークも、さぞかしガッカリしたんじゃねえのか?」

「……」

「得意のダンマリかよ。相変わらず、お子ちゃまじゃねえか。アタシは、アンタのそういうとこが嫌いなんだよっ――!」


 手負いとは思えない素速さで、アキラが吶喊。

 その指摘は的を射ていて、リエリーは避けるつもりがなかった。

 が、刹那、白い制服姿が目の前にあった。


「――そこまでにしてくれ、リーダー・レスカ。ブリーフィングで負傷者が出たとか、僕の名前が残るからね」

「……んだよ。じゃあどうすんだよ」

「君らはどちらもレンジャーじゃないか。だったら、白黒を付けるのは救命活動が最適だと思わないかい?」


 当たり前のように言ってのけたハリス。

 天井付近に浮かんでいた威療士のため息が、その場の全員の心中を代弁していた。


「……Are you kidding me?」

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