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叛逆者たち

「――チームリーダーの諸君、ご苦労。多忙な身の上だ。手短にいくとしよう」


 カシーゴ威療士レンジャー枝部ネクサス、その大ホールに集合した面々を見回し、ジョン・ハリス枝部長は満足げに頷いた。

 急な呼び出しだったにもかかわらず、ここには枝部に所属する威療士の8割の姿があった。そのどれも、普段より硬い表情を浮かべている。

 欠席者はアーカイブを見られるよう手配していたが、大半は直に話が聞きたいらしい。


(事が事だしな)


 大ホールには、椅子もテーブルも用意していない。だだっ広いホールの壁に背を預けている威療士もいれば、床にあぐらをかいて座っている者もいる。

 標準的なホープブルーに限らず、色とりどりのカスタム〈ユニフォーム〉がランダムに散らばる様は、まるで季節外れのホリデーシーズンのようだと、ホール中央に立ったハリスは場違いな感想を抱いていた。


(彼女は来ない、か)


 見回した部下の面々の中にその姿は見当たらない。

 それはいつも脇に控えているチーフ・オペレーターを指すことが多かったが、今日は違う。そも、カニンガムには別の仕事を頼んでいるから、不在は当然だ。

 そうして、両足を肩幅に開いて仁王立ちすると、一度だけ手のひらを打ち合わせた。

 響くような大音量にはほど遠かったが、そのシングルアクションでホールが静寂に静まり返る。おおよそ全ての視線を集めたと判断し、口を開いた。


「繰り返しになるが、現在カシーゴ・シティはスペクター警戒レベルIIツーにある。その経緯は今朝伝達した通りだ。この判断に対し、諸君の意見を聞いていなかったことに今さら気が付いたものでね。知っての通り、僕は独裁者と言われたくないんだ」


 真顔で告げた内容に対し、返るのは静寂のみだった。


(ウケなかったか。芳しくない状況こそ、ジョークが欠かせないんだけどな)


 とは言え、ジョークでこれ以上引き延ばせば、忠実なる部下たちから痛い視線が突き刺さるかもしれない。

 何事もなかったように咳払いし、ハリスは言葉を続けた。


「言葉を変えよう。昨夜の襲撃に関して質問がある諸君は?」


 サッと、複数の手が挙がった。


「ではリーダー・グリラから」

「ネクサスマスター、チーム〈ファイア・マカロン〉がスペクターに誘き出されたというのは事実ですか?」

「事実だ。当人たちの証言および付近の監視カメラが捉えた映像からそう断言できる」


 にわかに場がざわめいた。疑っていた者はいないだろうが、改めて聞かされると動揺が広がるのは無理もない。

 それだけ、この事実は衝撃的なものと言える。


「……しかし、そのような行動を取るスペクターなど、これまで聞いたこともありません」

「その通りだ、リーダー・グリラ。他に質問がある諸君も、このことについてかな?


 挙がっていた手が下ろされ、代わって複数の頷きが返る。

 それを確認し、ハリスは「諸君にはこれを見てほしい」と、ホールのホロプロジェクターを起動させる。


「先ほどグリラ君が言った通り、スペクターの知性は変異前と比較し、著しく低下することが知られている。言葉はおろか、同胞たちすら認識できないほどにね。それが常識だった。――これまでは」

「……これは!?」

「ドンノル、メロ、バウディ、ポシランゲ。いずれも100万都市と呼ばれる大都街メガロポリスだが、ここ数週間、同様の事例が報告されている」


 プロジェクターが映し出した光景に、息を吞む音が広がった。

 そこには、北米合州国から東回りに存在する名だたる都市で記録された、が投影されている。

 状況はそれぞれ異なっているが、共通するものに気が付かない威療士はいない。

 姿があった。


(カーニーが知ったら、しばらく口を利いてくれないだろうね)


 いずれの映像も、世界威士会エアーが機密指定したものである。他の枝部ネクサスは当然、該当支部内ですら、幹部クラスの一部しか閲覧を許可されていない。

 手に入れるのに骨が折れたが、その価値はある。


「諸君には言うまでもないが、この事実を、われらが威士会は公式に認めていない。つまり、現時点をもって諸君らは僕と同様、“叛逆者”の仲間入りをしたことになる。おめでとう」


 リスクの高い賭けだった。

 自分への、否、カシーゴ威療士枝部への忠誠心に乏しい者がいないか。

 有り体に言えば、内通者がいないか。

 それを推し量る意味を持たせて、ジョークを使った。

 水面下では、間違いなくきな臭い計画が進んでいる。それも、〈エアー〉十八番の情報操作に留まらない大規模な“何か”だ。


(複数の派閥が嚙んでいるのは間違いない。となれば、どちらに笑顔を向けて、どちらに刃先を突き立てるか、だね)


 ここから先は、その読み違い一つで簡単に命が失われる世界だ。市民と街と、何より威療士たちを可能な限りそこから遠ざける必要がある。

 そのためには、今一度、部下たちを試す必要があった。


「ハッハ! 今さらですなあ、マスター。俺らは最初からマスターの海賊船に乗ってたつもりですがね?」


 唐突に古参の威療士がそう茶化し、次々に同様の声が続く。その様子は、まるで良からぬ企みをしている賊のようだ。色とりどりの目が、それぞれの想いを語ってくると同時に、『背中について行く』と信頼を向けてきている。


「僕の船は海賊船じゃないさ。救助艇だよ? とびっきり優秀なクルーが揃った、世界最高のレンジャーボートだ」


 部下たちから寄せられた、無条件の信頼。その想いに胸が温かくなると同時に、改めて決意が心を縛り上げる。

 これから何が起ころうと、彼ら《レンジャー》をから遠ざけなければならない。

 その強い決意をもう一度、新たにしていると、ホールのドアが乱雑に開けられる音が響いた。


「――はぁっ……はぁっ……。ごめん、遅刻した」


 膝に手を突き、肩で息をする小柄な体躯が、ごく自然と謝罪の言葉を口にする。

 その肩より少し短いミディアムレングスの、ダークブラウンなレイヤーカットの下で、トレードマークのモスグリーンの〈ユニフォーム〉が荒い息に息遣いに合わせて上下していた。

 そんな〈ユニフォーム〉の肩に、ポップなエンブレムの形が見えて、ほくそ笑みそうになる。

 が、敢えて淡々とした声音で、ハリス支部長は言葉を紡いだ。



「たった今、僕の前座が終わったところでね。これからがブリーフィングだよ。――・リエリー・セオーク」

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