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願いと現実


「――は?」

(エリーちゃんなら、そうなるわよね)


 まるで氷漬けさながらに固まった少女――リエリーの反応を眺めながら、ルヴリエイトはそう思った。

 救命活動の一時休止。

 その提案の言葉に、目の前の威療助手レジデントは、ぽかんと口を開きっぱなしにしている。焦げ茶の瞳が、ルヴリエイトの真意を計るように揺れていた。

 即座に怒りを顕わにする可能性も演算してはいたが、どうやらリエリーは冗談という線を捨てていないらしい。

 小さな喜びを感じつつ、ルヴリエイトは手付かずで置かれていたミネラルウォーターのカップを差し出して言葉を継いだ。


「はい、お水飲んで。乾燥は体とお肌の敵よ?」

「……ジョーク、だよね?」

「ジョークで言ったら、それこそエリーちゃんに怒られるでしょう」

「じゃ本気?! やっぱロカになんかあったんでしょ! 隠さないで言ってよ! じゃなきゃ、あたしドクに訊いてくるから」

「落ち着いてちょうだい。カーラに訊きたかったら、エリーちゃんの好きにするといいわ。きっと、『私を信用しないの?』とか言われるでしょうね」

「……じゃなんで? なんで救命活動やめるなんて言うわけ?」

「ワタシの話、ちゃんと聞いてた? “やめる”なんて一言も言ってないわ」

「休むってやめるとおんなじじゃん!」


 テーブルを叩いて立ったリエリーが、今度こそ、こちらを睨め付ける。その目は今、薄ら涙の膜が張っていた。


(同じ、ね……)


 その答えは、予測の通りと言ってよかった。

 リエリーにとって、救命活動は呼吸することに等しい。それを『一時休止』するのも、『やめる』のも、彼女には同義なのだろう。

 が、そうではないことを伝えるのもまた、自分の責務なのかもしれない。もっとも、 これまではその責から逃げていたのだが。


「そうね。エリーちゃん、アナタはこのチームのリーダーを務める覚悟がある? 理由はそれよ」

「それ、説明になってないってば。なんで、あたしがうちのリーダーになるわけ? それと救命活動をやめるのと、なんの関係あるわけ?」

「ブロント――いいえ。ネクサスマスター・ジョン・ハリスのお達しだからよ」


 それからルヴリエイトは、リエリーが眠っている間にあった出来事を掻い摘まんで話して聞かせた。

 一部、隠蔽と改竄も織り込んだが、気付かれた様には見えない。自分の欺瞞を看破できるとすれば、長年の相方マロカか、命令系統上の上位権限を持つ〈ミーミル〉のメインフレームくらいのものだろう。

 ますます眉間が寄っていくリエリーの表情に、存在しないココロの痛みを感知した錯覚があった。

 その痛みを自分への戒めにしつつ、ルヴリエイトは話を締めくくる。


「……そういうことだから、救命活動を続けるなら、エリーちゃんがリーダーをしなきゃね。ちなみに、あと2時間でリーダーブリーフィングが開始されるわ。行くなら、決めないとね」

「……」


 敢えて明るく言い、選択を丸投げする。


(ズルいマシンだこと)


 そう自嘲したところで、苛むココロはなく、ルヴリエイトは内蔵されたホロプロジェクターから料理の写真をテーブルに投影し、わざとらしく夕食を考えるフリをしてみせた。

 言い訳をするとすれば、この決断は、リエリー自身がする他ないという点だった。そして遅かれ早かれ、選択をするときがやってくる。

 リーダーとして、威療士チームを率いる覚悟があるのか。

 おそらく、ハリスはそれが狙いなのだろう。

 が、ルヴリエイトとしては少し違っていた。


(お願い、エリーちゃん。アナタは、。ワタシと違う道を歩んでいいのよ……っ!)


 マロカの相方として、彼が行き着く場所まで、自分も共に行く決意は、とうの昔に済んでいる。一度たりとも迷ったことはないし、これからもないと言い切れる。それは自分が選んだ道だ。

 が、リエリーが自分たちに付き合う道理はない。

 この道の果てに待つのは、二つの結果だけだ。

 救命活動の途中で、涙幽者の手に掛かって殉職するか。

 あるいは、に掛かって殉職するか。

 どちらにせよ、あるのは惨たらしい死のみ。

 そんな道を、リエリーには選んでほしくない。

 それは、マロカの願いでもあった。


「このとこ、お肉料理ばっかりだったから、今日はヘルシーなローストベジタブルでもどう――」

「――やる」

「……えっ?」

「だからやるってば。あたしが、リーダーを――うちのリーダーをやるから」

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