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立て続く予想外


「……さてと」


 マロカの部屋から出、彼用に拡張した“巨大ドア”を後ろマニピュレータで静かに閉めたルヴリエイト。

 そうしてカンッと、マニピュレータを打ち合わせる音を聞いたリエリーは、ダイニングテーブルで座り直すと、ごくりと唾を飲み込んでいた。

 ちなみに現在、〈ハレーラ〉の居住区画に他人の姿はない。

 あれから、レイモンドの工場こうばまで一直線に帰還。到着するなり、工場の主はメンテナンスを理由にして早々と場を後にしていた。


(……ぜったい、チリソース入れてやる)


 頑固老人の唯一の弱点を突くシミュレートをしていると、台所へ寄り道していたルヴリエイトが「あら?」と声を上げた。


「サンドイッチ、全部食べたの?」

「ううん。レイとエンとで食べようとおもったんだけど、ちょっといろいろあって」

「そう。それじゃあ、お夕飯は何にしようかしらね。……エリーちゃんは何が食べたい?」

「え、あー、ルーに任せる」

「はいはい、いつものね」


 冷蔵庫から食材をいくつか取り出しつつ、献立らしい単語をブツブツとつぶやくルヴリエイト。

 あまりに“普段通り”なその姿が、リエリーには逆に不気味だった。


(さっきはエンがいたからよかったけど)


 救助艇〈ハレーラ〉のコックピットには、船内を確認できるモニターが設置されている。

 先刻、エンを抱いたルヴリエイトが、リエリーの部屋を通り過ぎたとき、その筐体がピタリと宙に止まった。モニター越しに見ていたリエリーは内心、『終わった』と天を仰ぐ気持ちだった。

 だから間違いなく、ルヴリエイトは自宅の惨状を知っている。

 にもかかわらず、今は上機嫌にも見える動きで台所を飛んでいることが、リエリーには不思議でならなかった。

 そうして観察していると、リエリーのマグカップにミネラルウォーターを注いだ正十二面体がこちらへ踵を返した。


「ねぇ、エリーちゃん――」

「――ごめん、ルー! あたし、ちゃんと直すから。それまで小遣いいらないから」


 どうせ叱られるならと、両手を打ち合わせて先に頭を下げる。

 が、覚悟したフルネームによる叱責が、いつまで経っても響いてこない。

 かと言って、目を開ける勇気もなく、おそるおそる片目だけ開くと、『目を開け口に手を添えた顔』の絵文字が視界に入った。


「……え。なにその顔」

「もぅ、失礼しちゃうわね。元々こういう顔なんだけど。というより、ほんとうは顔とかないんだけどね」

「そのジョーク、キライ」

「あら、事実じゃない。誰かさんが自分んを吹っ飛ばしたのと、同じでしょう?」

「うっ……」

「でもまぁ、怪我もないみたいだし、ホッとしたわ。痛むところはある?」

「ないよ。……まさか、おわり? いつもの金切り声は……痛っ!」

「その“金切り声”、ボリュームマックスで耳元で聞かせましょうか」

「ごめんお願いやめて」


 絶妙な加減で手首を叩かれ、『薄笑いの顔』を浮かべたルヴリエイトに、リエリーは先ほどよりも必死のていで頭を下げる。小さい頃の嫌な記憶が、プライドを簡単に棄てさせていた。

 聴覚が敏感な身としては、その仕置きは本気で勘弁願いたかった。


「ふふっ。よろしい。まぁ、ちょうどよかったのかもね」

「どゆこと? なんかルー、変なんだけど」

「そうかもねぇ。今日はいろいろありすぎて、回路が焼け焦げたのかも」

「……ロカのこと? もしかして――!?」

「――いいえ。このわが家に賭けて、誓うわ。ロカは大丈夫。あれから何度かカーラと連絡したの。まだ寝てるそうよ」

「……わぁった」


 つい、乗り出していた上半身を、そろそろと椅子の背に擦り付けていく。まだ早鐘を打っている胸が苦しかった。


「ねぇ、エリーちゃん」

「なに」

「いい頃合いだと思うの」

「……だからなにが?」


 聞きたくなかった。

 何事にも単刀直入のルヴリエイトが、はぐらかして言うときは、いつだって悪いことに決まっていた。


「救命活動、そろそろお休みするのはどうかしら?」

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