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伝える責務

「――おうちにいくんです! おうちに、おとうさんが!」

「そうなの! エンちゃんのお家は、どれかしら? 教えてくれる?」

「あれです!」


 ルヴリエイトに抱きかかえられたまま、もう一度、エンが自宅の場所を指さした。

 その正十二面体の筐体は、全ての面がディスプレイを兼ねている。

 今、エンには見えない面に、『ケースID.564333よね?』と、リエリーにだけ見えるよう、確認の文字が浮かび上がっていた。

 ルヴリエイトも当然、チームの救命活動に携わっている身だ。むしろ、報告や書類作成など、諸々の事務仕事を担ってくれている分、リエリー自身よりも現場に詳しいと言える。

 リエリーが頷きを返すと、その確認の言葉が消えた。

 そうして、エンの体を抱え直したルヴリエイトの声音は、わずかばかり震えていた。それは、自分かマロカでなければわからないような、覚悟の震えだった。


「ルー、あたしが――」

「――エンちゃん。よ~く聞いてね。残念だけど、エンちゃんのパパさんは、

「います! ぼくがおうちに帰ったら、おとうさんが――」

「――いいえ、エン。アナタのお父さんは、亡くなったの。ワタシがお見送りしたわ。ごめんなさい、エン」


 ルヴリエイトが言ったことは噓だ。

 ――

 正確には、自分が死亡時刻を宣告した。マロカと交替で蘇生法を施したが、鼓動が戻ることはなかった。


(あたしが言わなきゃなのに……っ!)


 涙幽者の死亡宣告もまた、威療士の大切な仕事だった。威療士を志すなら、避けては通れない関門と言える。

 当然、通常は威療助手レジデントがやりたがるものではないのだが、リエリーは違った。


(あたしが救えなかったんだ。あたしのせいなんだ。だから、あたしが言わなきゃなのに……!)


 知らず、拳を握り締めていた。

 ただただ、悔しかった。

 ルヴリエイトに気を遣われたことが、何より、命を救えなかった自分の無力が、悔しかった。

 ふいに、肩に重さを感じた。


「リエリー。theさんdepartedには、他に家族がおったのかの」

「……ううん。チーフに調べてもらったけど、あの人、ひとりで住んでたって」

「そうか。おまえさんの直感は何と言うとる。仏さんは、酷い父親だったのかのう」

「ちがうとおもう。あの人、ずっとキッズサイズのシャツを握ってた」


 そのときは、もっと邪な理由があるのかと考えたのだが、今なら違うと言い切れる。

 そのシャツには、フクロウのイラストがあった。

 フクロウは、鋭い聴力を持つことで知られている動物だ。さらには賢さを示す象徴でもある。

 そして、エンの個有能力ユニーカは、耳にしたものを忘れない優れた聴力と記憶力だ。


「そうか。あの子が落ち着いたら、おまえさんからそのことを話してやっとくれや。エンは強い子じゃ。間違いなく、知りたがるはずじゃからの」

「……わぁったよ」


 ルヴリエイトのマニピュレータの中で、「おとうさんは……おとうさんは……っ!」と、エンがしゃくり上げていた。

 その感情の波を感じ取り、すぐさまリエリーは体に力を入れた。

 が、ルヴリエイトの筐体に『ウィンクの顔』が浮かんだのを見て、力を抜いた。


「本当にごめんなさい、エン……」


 静かな声で謝罪を繰り返しながら、ルヴリエイトは、そのマニピュレータで優しくエンの背中を擦り続ける。

 せきを切ったように泣き出していたエンは、やがて泣き疲れたのか、静かな寝息を立て始めていた。


「……さ、帰りましょう」


 そうしてコックピットに乗り込んだルヴリエイトが、エンを抱いたまま、居住区画に消えていく。

 レイモンドの手に背を押されながら、リエリーはスタビライザーのレバーを倒していった。

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