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レイモンドの独り言


「それでこそじゃ。これからそっちに行くからの。まだ吹っ飛ばすな? ……ハア」


 極力、陽気に通信を切ったまではよかったが、続く嘆息は堪えきれなかった。癖で顔を手で拭うと、老人らしい、ザラリとした感触が返った。おまけに、小刻みに震えていた。

 歳は取りたくないものだ。

 軒並みな感想だが、往々にしてシンプルな答えが真実を物語るのだから、仕方ない。


「……あやつが、のう」


 無人のコックピットで後始末を済ませながら、ボソリとこぼした声は、肌と同じくらいに干からびていた。

 リエリーの手前、動揺を出す訳にはいかなかったが、マロカが倒れたと耳にした瞬間、レイモンドは心臓を鷲づかみにされたような息苦しさを感じた。

 

 むしろ、ではなかったことを幸運に思うべきだろう。

 そう考えたところで、右手が操縦パネルの凹凸に触れていた。他に数十とある操作レバーの一つに紛れ込ませているが、このレバーだけは、一度も作動させたことがない。これからもが来ないことを願うばかりだ。


「ルヴリエイトの連絡がないっちゅうことは、少なくとも生きてはおるんじゃろうて」


 自分へ言い聞かせるような推測は、だが自信があった。

 あの随行支援機ルヴリエイトは、本心から家族を――マロカリエリーを、想っている。

“心がない”、などと本人は誤魔化すが、自分の目は誤魔化せない。ソフトウェア開発は別畑だが、あの機体の設計責任者は、この自分だ。

 ルヴリエイトの“心”が、シミュレートされた単なる演算結果であるなら、おそらく人間の“愛”というやつも同じに違いない。もっとも、人間の“愛”がルヴリエイトの“心”に比肩しうるのかは、怪しいところだが。

 つまり、そのルヴリエイトが連絡の一つも寄越さないということは、心配するほどの事態ではないか、あるいはその真反対だ。そして後者なら、十中八九、自分の通信機は沈黙していないだろう。


「あやつめ、無茶しおって。のおまえさんじゃないんじゃ。今は守るもんがあるじゃろうて」


 心配が引いていくと、今度は苛立ちが湧き上がってくるのだから、子が何歳になっても気が置けないというのはこういうことを言うのだろう。実子には恵まれなかったが、数人分を育てきったくらいの苦労をした自信がある。

 茶黒い精悍な狼貌ウルフフェイスが脳裏をよぎり、操縦席から立ちながらレイモンドは、見舞いに持っていく品物をリストアップしていった。


「あやつのことはルヴリエイトがおるとして、問題はリエリーじゃな」


 コックピットの床にぶちまけられた、食べ物だったモノを隅へ掃いていきつつ、レイモンドの思考は鼻声になっているだろう、孫娘に向いていた。

 マロカが倒れたことで一番動転しているのはリエリーだ。

 ここ数年こそ、安定していたマロカだが、その前は幾度か“発作”を起していた。まだ幼かったこともあり、リエリーには『出張』という伝え方をするよう、ルヴリエイトが各方面に働きかけていた光景が昨日のことのように思い出せる。

 だから、あの子にとっては、初めて見る光景だ。

 自分の目の前で、頑強そのものと言っていい父親が突如、倒れる。

 普段、大人びているリエリーだが、まだ16歳になろうかという子どもだ。どれほどショックだったかと考えただけで、レイモンドは唸りたくなった。


「エンがいることに感謝せねばな」


 落ち込んでいるときこそ、行動すべきだ。そう教えてくれたのは、マロカだった。

 とは言え、エンもまた、目が離せない状態ではあるのだが。


「……さてと」


 生ゴミを床の隅へ集め終え、レイモンドはオーバーオールのポケットをまさぐった。目当ての代物はすぐさま見つかり、慣れた手付きでセットを完了する。

 そうして、小銃型の装置を生ゴミの山へ向けて引き金を引いた。

 たちまち黄金色の光線が照射され、有機物が瞬時に分解される。

 元通り、整理整頓されたコックピットを見回し、満足すると踵を返した。


「歳にゃ、敵わんわい」


 言いながら揉んだ目頭は、薄ら黄金色に輝いていた。

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