『リエリー! こっちに移れ!』
十数分と経たず、砕け散った自室の窓に影が差すと、前触れもなく機体がガタリと揺れた。そのまま浮遊感が続き、窓外に流れた景色から、リエリーは自分を乗せた〈ハレーラ〉が、街外れにあるレイモンドの工場まで曳航されていると確信した。
自分が操縦するのは幾度となく経験しているが、他人の操縦で、しかも船ごと“飛んでいる”状況は、これが初めてだ。
だから、このまま部屋で、この初体験を楽しもうと考えたのだが、機体が浮いてまもなく、レイモンドの銅鑼声が通信機越しに鼓膜を叩いてきたため、仕方なく部屋を後にした。
屋上へつながるハシゴまでの道中、キッチンを通りかかると、ダイニングテーブルの上にラップされたサンドイッチを見つけた。途端、空腹が猛威を振い始め、気付けばそのハンバーグサンドに齧り付いていた。
一昨日の晩の余りなのだろうが、当たり前に美味しかった。
冷めているが、それがかえって旨味を閉じ込めていたらしく、牛肉とデミグラスソースの濃さが、しっとりしたパン生地に染み込んで、空きっ腹には何とも至福のひとときになった。傍に置いてあったオレンジジュースが口の中をさっぱりさせ、数分足らずで平らげると、つい「ふぅー」と満足なため息が漏れていた。
「ふたりに持ってこっと」
冷蔵庫を覗いてみれば、予想通り、サンドイッチの余りが鎮座していた。食事に関して言えば、“足りないより余らせる”がモットーのルヴリエイトらしい。
これを全部ひとり占めにするのは罪に思えて、リエリーはオレンジジュースのボトル共々ひったくると、冷蔵庫のドアをパタンと閉めた。
そうして、曳航船〈スカイ・シェパード〉の艦橋に足を踏み入れるなり、抑えた低い声が言った。
「何をしとった」
「遅いランチ。はいこれ、ルーの手作り」
操縦に専念しているレイモンドの顔の前にサンドイッチの皿を差し出し、操縦席のヘッドレストにもたれかかる。〈ハレーラ〉のコックピットよりも見通しのよいフロントガラスには、夕焼けに色付いたカシーゴの街並みが広がっていた。
「エンに食わせてやっとくれ。誰かさんのおかげで、今夜は徹夜になりそうじゃからの」
「わぁった。やっほー、エン」
「
「おわっ!?」
補助席に収まっていたらしい小さい影が飛び出してくるなり、リエリーの腰へ抱き着いてきた。突然のことで驚いたのもあるが、思った以上に疲れが抜けていなかったらしく、踏ん張りが利かず、たたらを踏んでしまった。
それぞれの手に持っていた皿とボトルが滑り、宙を舞う。
とっさに
そうして放物線を描いた軽食と飲み物の容れ物が、無残にコックピットの床へ叩き付けられる。
「ぁ――っ!」
パリンと割れる音が続けて響き、黄色の液体が瞬く間に広がっていく。
瞬間、体をビクッと跳ねさせたエンの口から、声とも息ともつかない音が漏れ出していた。
「痛たた……。だいじょうぶ、エン?」
バランスを崩し、背中をコックピットの壁へ叩き付けられ、鈍い痛みとふらつきが同時に襲ってくる。片手で額を押さえつつ、リエリーは空いたもう一方の手をエンの肩に置いて、怪我の有無を確かめる。――と。
「ぁああぁあああ――!!」
「――っ?! エン!?」
心をズタズタに引き裂くような悲鳴が、コックピットを満たした。