「マジ、最悪」
何度、吐いたかわからない愚痴を性懲りもなく繰り返し、リエリーは天井を仰いだ。
自分の“やらかし”で、奇跡的に無傷だった部分の一つだ。屋外の光景をリアルタイムで映し出す
「はやく片づけないと……。ルーが見たら……」
怒りの絵文字を筐体に浮かべた
そういうとき、絶妙のタイミングでルヴリエイトに“用事”を頼むのが、マロカの得意技だった。早すぎても火に油を注ぐし、説教が長引くとリエリーの欠伸が止まらなくなって結局、火に油を注ぐ羽目になる。その見極めが、養父は大変に上手かった。
「ま、たまにミスってロカも怒られるけど。……だいじょうぶかな、ロカ」
他人がいないからこそ、口に出せる心配だった。
ここがヘリックス・メディカルセンターで、自分が寝付く前、ルヴリエイトはカーラ医師に連絡してあると言っていた。マロカの主治医であり、涙幽者の研究では世界的権威でもある彼女なら、安心できる。というよりは、マロカに関してはカーラだけしか、リエリーには安心できる相手がいなかった。
今、あのときのマロカの姿を思い返しても、背筋がゾッとする。
あのまま、ルヴリエイトが来なかったら、と想像しかけ、リエリーは千切れんばかりに首を横へ振っていた。
悪い“
現実は、ルヴリエイトのおかげでマロカの応急処置ができ、カーラへ引き継げた。それだけで満足すべきだ。
「にしても、あの“クソ副マス”、なにしにきたわけ?」
出力を抑えた
“クソッタレ・副
そのブロントが、何かを言っていたような記憶もあるのだが、思い出すとまた八つ当たりしそうで、リエリーは回顧を打ち切った。これ以上、片付けの手間を増やしては元も子もない。
「あ゛ー、腹へったー、眠いー、しんどいー、めんどいー!」
現在進行形で感じているものを言葉で吐き出し、室内をダッシュする。が、直後にゴンッという鈍い音を伴い、右足の小指に鋭い痛みが走った。
「痛った――!?」
文字通り、踏んだり蹴ったりな状況に陥った刹那、頭をある考えが過った。
「……イケる!」
片足立ちで飛び跳ねつつ、アイディアの検討をこなし、ガッツポーズをしてみせる。痛みが人を成長させるというのは、真実らしい。
そうして足を引きずりながら、引っくり返った作業机の元まで向かい、必要なものをまさぐると、目当てのもの――自作の小型通信機はすぐに見つかった。
「あー、もしもし? レイ? あたしだけどさ……」
『――はいっ、こちら〈マーサ&レイモンド・ガレージ&ロッジ〉ですっ! あっ、リエリー
「あれ? エン?」
予想した嗄れ声ではなく、やや舌足らずな元気のある返答が返って、リエリーは目を瞬かせていた。
『はいっ! おしごと、終わったですか、師姉さま?』
「あー、まあ、そんなとこかな。なんでエンがレイの通信機もってんの?」
『お師匠さまが練習にって。……あの、もしかしてだめですか?』
「いやいやいや! ぜんっぜん、だいじょうぶ! だいじょうぶだから! さっすがレイだなって思っただけ」
エンは、異常なほど叱られることを怖れている。そのことを思い出したリエリーは、全力でフォローの言葉を重ね、ゴクリと唾を飲み込んでいた。
『あっ、お師匠さま! はいっ、リエリー師姉さまです』
そんな言葉が続くと、今度こそ、嗄れたぶっきらぼうな声が返った。
『リエリーか。どうした? これに掛けてくるとは珍しいこともあるもんじゃな』
「まあね。ねぇ、レイ。いまからそっち、行ってもいい?」
『来るのは構わんが、おまえさんたち、現場じゃなかったのか?』
「あ、うん、それは済んだから」
『……何を隠しとる。おまえさんがそう言うときは、何かあったときじゃろ?』
「え、いや、んなこと……」
部屋を見回し、言葉が続かなくなった。これで“何もない”と噓を吐くのは、さすがに無理があるというものだった。
それに、マロカのことはまだ話したくなかった。
『ルヴリエイトからじゃないっちゅうことは、さては、おまえさんがやらかしたな、リエリー』
「せいかーい。ちょっと〈ハレーラ〉のフレームが――」
『――何じゃと?! フレームじゃと? あれのフレームは、あやつの“癇癪”にも耐える超剛性マテリアルじゃぞ! おまえさん、いったいどこにぶつけおったんじゃ!?』
「あー、ぶつけてないよ? フレームも無事。ただちょっと、ユニーカをミスって、あたしの部屋が……吹っ飛んだっていうか?」
『ふ、吹っ飛んだぁっ?!』
鼓膜を突き破りそうな裏声に、慌てて通信機を耳から遠ざける。
言葉選びを間違えた、と反省する間もなく、レイモンドの銅鑼声がスピーカーを震わせた。
『今どこじゃ! タグボートですぐ行くから待っておれ! いいな、リエリー! 何があってもエンジンを入れるんじゃないぞ! あのエンジンが損傷しておれば、只事じゃ済まん』
「そんな大ごとじゃないってば! 機体は無事だって――」
『――このっ、馬鹿もん……いや、エン、わしは怒っとらんぞい。ああ、見てみ、この笑顔じゃぞ? そうじゃ、8番ガレージに行って、準備しとくれんか? ああ、そうじゃ。助かるぞい』
「忙しいね、レイ」
『誰のせいじゃと思うとる!!』
「……うっ」
『ふうー……。いいか、リエリー。あの船は、わしが部品を仕立てて組み立てたんじゃぞ。おまえさんの部屋から見えるフレームは、エンジンの支柱につながっとる。意味がわかるか?』
「……マジで?」
『マジじゃ!! じゃから現在地を早う言えい! わしからルヴリエイトに連絡してもいいんじゃぞ?』
「ヘリックス・メディカルセンター、南側屋上パーキング、B区画」
『よし。アイドリングしとらんな? センターを木っ端微塵にしたくなけりゃ、大人しくしとれよ!』
「わ、わぁった」
荒々しく通信が切られ、静寂が耳に返る。
改造に改造を重ねた〈ハレーラ〉が、“キワモノ”で、レイモンド以外には手が付けられないのは知っていたが、まさか、自分がその中核を破壊しかけるとは、思いもしなかった。
先刻とは異なる意味でゆっくり、周囲を見回し、ゴクリと唾を飲みこむ。
「……あたしのバカ」
今度は、限りなく小さい声でこぼしたのだった。