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リエリーのやらかし

 ――救助艇〈ハレーラ〉が、カシーゴ威療士枝部レンジャーネクサスに到着して間もない頃。


「……ん……ロカ……?」


 悪い夢を見た気分だった。

 意気揚々と救命活動に向かったはずが、強力な個有能力ユニーカを持った涙幽者に遭遇し、激しい闘いになった。

 それ自体は、正直、悪い気はしなかった。

 涙幽者当人には悪いが、想定外の事態ほど、腕を磨くに適したものはないからだ。

 おまけに、全力以上の力を出せる機会は、滅多にない。当然、そういう機会は、ないに越したことはない。

 が、頭でわかっていても、腕試しをしたいという欲求は消えてくれないものだ。スパーリング腕試し相手にマロカがなってくれるからと言って、実験的なユニーカの使い方を試す訳にはいかない。


 ――リエリー。おまえは、類まれなユニーカを持っている。その扱い方にも長けている。だからこそ、忘れるんじゃないぞ? その力は、使


 近頃こそ、あまり言われなくなったが、だからといってマロカの言葉を忘れたことはない。

 ユニーカを使うとき、必ず、養父のこの言葉を頭に思い浮かべている。

 そうすることで、頭に血が上っていても、出力を間違えないで済む。

 。何があっても、間違える訳にはいかない。

 だから、あの“氷使い”の涙幽者を前にしても、間違えずにいられた。

 何より、ルヴリエイトを『これ』と呼んだ、あのアビオとかいう威療士に、手加減なしのユニーカを叩き込まずに済んだ。自分ながら、よく堪えたものだと感心する。


 ――アレに感謝することだ、支援機。機械に過ぎん貴様に本来、知る権限などない。


「ッ――!」


 ふいに、頭をかすめた、低い声。嘲りと嫌悪を隠そうともしない、本音。

 外見も、話し方も似ているところはあるが、養父なら決してあんな物言いはしない。

 そんな大男が思い浮かんで、リエリーは、反射的に昂揚感へ身を任せていた。


「痛った……! あ、やっば……」


 滾った五感は、耳を衝いた破壊の音で、たちまち冷めていた。

 自分が仕出かしたことを認識するまでもなく、に尻餅がつき、その衝撃で鈍った思考が叩き起こされる。

 見回した部屋は、酷い有様だった。

 竜巻が通った跡、とはよく言ったもので、見慣れた自室はまさに、そんな惨状が広がっていた。

 整理整頓とは言えなくても、それなりの秩序を保って室内にあった物たちが、ほとんど散乱してしまっている。窓にヒビが入り、作業机はひっくり返り、仕舞ってあったパーツ類がばら撒かれている。

 張本人グラウンドゼロである自分に近づくほど被害は大きく、記憶にある限りずっと使ってきたベッドと布団に至っては、ユニーカで粉砕し、辺りに白い綿が粉塵よろしく舞っていた。

 幸い、標準的な救助艇より遙かに頑丈に改造してあるおかげで、〈ハレーラ〉の外殻までは貫通しなかったようだが、部屋を構成するユニットの基部まで抉れている時点で、何の慰めにもなりはしない。


「あたしのバカっ!!」


 額を平手打ち音が、廃墟と化した自室に虚しく響く。

 追い打ちをかけるように、「グゥ~」と、空腹を告げる音が続いた。

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