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頼れる支え

「……後はこっちで引き受けるから。変化があれば連絡するわ」


 ヘリックス・メディカルセンターの救急部門EDの一角、マロカ用に設計されたその一室で、ミディアムロングのブロンドヘアーを搔き上げたカーラ・ハフナイア医師が頷いた。

 そうして聴診器をうなじに掛け直したマロカの主治医へ、ルヴリエイトは、一切の皮肉を省いた純粋な感謝の言葉を返した。


「ありがとう。彼をお願いね、ドクター・ハフナイア」

「今日、ガリアの勤務だけど、子守は要る?」


 澄んだ浅瀬の色をしたカーラの目が、チラリと目線を動かす。その先には護衛よろしく、黒い肌の巨漢が睨みを効かせているが、護る対象はこちらではない。

 そんなブロントを一瞥し、カーラがこちらへ目を戻した。ガリアは、リエリーが幼い頃から世話になっている看護師で、どうやらカーラは、この状況からリエリーが一人でいると見抜いたらしい。


「そう。エリーちゃんが会いたがるわね」


 彼女のさりげない気遣いに、ルヴリエイトは安堵の笑みを出力しかけてしまった。カーラの状況理解能力には、脱帽するしかない。

 センターの駐機場に着陸するなり、待ち構えていたカーラは、見事な口上で痛烈にブロントを詰り倒した。さしもの副支部長も、これには多少面食らったようで、黙ってやり過ごしていた。その姿が見られただけで、少しは溜飲が下がるというものだった。

 とは言え、何もかも甘える訳にはいかない。

 リエリーはもう幼子ではなく、目を覚まして事態を知れば、激しく傷付くに違いない。ブロントに会わせるのは気が進まないが、一人で放っておくのはもっと嫌だった。


「でも、気持ちだけ受けとらせてもらうわね。彼女ガリアにも、お礼を言っておいてくれると嬉しいわ。今度、シフォンケーキを持っていくって、伝えておいて」

「わかったわ」

「――それでドクター。このが目覚める可能性は、どれくらいある」

「ここは私の病院で、彼は私のよ。部外者に答える義務はないわ」

「儂は、レンジャーネクサスを代表して来ている! 脅威の状況を伝える令状も――」

「――州知事の令状くらいで図に乗らないで。私に指図したいなら、大統領の署名でも持ってくることね」

「……言葉を変えよう。その患者は、儂の部下だ。上官として、健康状態を把握する責務がある。レンジャーの規則だ」


 カーラの目が、『ごめん』と言ってきていた。肩を叩く代わり、ルヴリエイトは『ウィンクの顔』の絵文字を筐体に浮かべて、頷く動作を返す。


「……マロカの脳波は、深い睡眠状態を示しているわ。短時間で覚醒する可能性は、ゼロに近いわね」

「肉体のことは理解した。なら精神はどうだ」

「わからないわね」

「いい加減にしろ! いつまで医師の特権を振りかざすつもりだ!」

「あなたのほうこそ、勘違いしているんじゃない?」

「……何」

「ユニーカの機序は、1割も解明されてないわ。その中でも極めて珍しい症例について、あなたは答えろと言っているのよ。私は医師として、至極正確な意見を述べた。あなたの意にそぐわなかったようだけど。もし、ここで断言できる相手がいるなら、ペテン師か、さもなきゃ神でしょうね。私はそのどちらでもないわ」

「……」

「他に訊きたいことは? ないなら患者の休養の邪魔よ、出ていって。あったら、そこの患者の家族に訊いて。許可が出たら、答えるわ」

「……協力に感謝する」


 心臓を拳で打つ敬礼を掲げ、ブロントが踵を返す。

 マロカの寝顔から、カメラが離せなかった。

 先刻より和らいだとは言え、普段、凜々しいその狼貌ウルフフェイスは今、悪夢でも見ているように歪んでいた。時折、苦しげな吐息が口吻から漏れ、今すぐにでもその深海色の双眸で見つめてほしかった。


「打てる手は打ったわ。私がついてる。あなたは行って。守るべき家族は、彼だけじゃないでしょ」

「えぇ、そうする。ほんとうに感謝してるわ、カーラ」

「これが仕事よ。さあ、行って」


 カーラに背を押され、ルヴリエイトは部屋の入り口へ向かった。振り返りかけ、だが、マニピュレータでドアノブを押し込んだ。


「一階のオープンスペースで話を聞く」


 廊下に出るなり、そう告げたブロントへ、ルヴリエイトは「いいえ」と、きっぱり固辞すると、怪訝な顔で振り返ったパートナーの上官にこう言った。


「仕事の話でしょう? だったら、職場ネクサスで聞くわ」

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