「おやすみ、エリーちゃん」
既に半分、意識がないような状態のリエリーを本人のベッドへ横たえ、前髪をそっと、
唸るような声が漏れたのも束の間、すぐさま穏やかな寝息に変わった。
できることなら、食事とシャワーをさせてから寝かせてやりたかった。
持たない“心”がズキッと痛む幻覚がし、ルヴリエイトは、狼のキャラクター柄の布団を引き上げながら、それを無視する努力をした。
(ごめんね、エリーちゃん)
だからリエリーには悪いが、先に眠ってもらうことにしたのだった。
そうして宙を漂いながら部屋を出、自分のシステムと接続してある回路を経由してドアを閉める。
ドアの傍から筐体に突き刺さる視線の方を向き、ルヴリエイトは極力トーンを抑えた皮肉を音声に出力した。
「娘の部屋の外で待ってくれたことに礼を言うべきかしらね」
「フンッ。何が娘だ。たかが機械ごときを母親と思わねばならんほうが憐れだ。人間性を育てるなら、今からでも施設に送ってやる」
「お気づかい結構。これは家庭の問題よ。アナタが他人の家に首を突っこむほど暇だとは思わなかったけれど」
「子どもは嫌いだ。煩いうえに何を仕出かすかわからん。仕事の邪魔だ」
「そう。アナタとは徹底的に反りが合わないと、再確認できてよかったわ、カシーゴ・レンジャーネクサス、ヴァイスマスター・ブロント」
「時間稼ぎは無駄だ。貴様が遠隔飛行すらできん不良支援機だということは知っている」
限りなく白に近い碧眼がジロリと動き、寄っていない場面を想像できない太い眉が吊り上がる。体格と相まって、たいがいの相手ならそれでたじろぐのだろうが、あいにくと、自分は人間ではない。
たとえヒトだったとしても、嫌悪感を隠そうともしないこの大男相手に、家を守るモノとして、弱みは見せられないというものだった。
「情報が古いようね、監査部長。出来損ないマシンだって、アップデートはできるのよ?」
(あぁ、もうっ! 早くロカをメディカルセンターへ搬送しないといけないのに!)
人間で言うところの焦燥感を覚え、勝手に動きそうになる自身のプログラムを、ルヴリエイトは懸命に抑え込んだ。
マロカの“覚醒”を、ブロントは知っている。
〈ハレーラ〉にリエリーを運び込む直前、この副枝部長はルヴリエイトに警告していた。
――クラス
一瞬のことだったとは言え、マロカの力が解放されかけたのは事実だ。実際、彼との約束通り、その瞬間、ルヴリエイトの
そのうえで、
クラス
それは、一つの街を、ひいては一国さえ滅ぼしかねない規模の脅威を示す符号だ。
もし、統合データベース〈ミーミル〉に計測値が報告されていれば、今ごろ、威療士ではなく、軍の特殊部隊と相対しているはずだ。
(……立場上、完全になかったことにはできないものね。だからジョンは、ワタシたちに否定的なブロントを派遣した。内部監査の名目で、他のレンジャーたちにもわかるように。あとはワタシたちでなんとかやれ、ってことね)
ブロントは、マロカの過去を知る数少ない人物の一人だった。その態度は、初対面から一貫して変わっていない。
そんな彼に、過去を明かすのはリスクが大きすぎると、ルヴリエイトは猛反対したのだが、珍しく
そのことは後年、口喧嘩の火種に幾度となく上ったのだが、マロカは頑として非を認めなかった。
彼のことなら、誰よりも知っている。それは、誰にも否定させない。
だからきっと、彼なりの理由があったのだろう。
が、それならそれで言ってほしかった、というのがルヴリエイトの本音だ。
カタチはどうあれ、自分たちは家族なのだから。
だからブロントというこの男を、今もルヴリエイトは量りかねていた。
あの侮蔑の目は、本物だ。自分たちを嫌っているのは、疑いない。
その一方で、露骨な嫌がらせを受けたことは、これまで一度たりともなかった。
それがハリスによるものなのか、それとも、“カシーゴレンジャーの自浄装置”と渾名され、威療士たちから絶大な信頼を寄せられているブロントという人間自身の考えなのか、ルヴリエイトはわからない。
そうしているうちに、廊下の天井を擦りそうなスキンヘッドを傾け、大男――ブロントが、
「とぼけるな。とっととコックピットへ行け。言っておくが、あくまでも抵抗するなら、儂が操縦してやる」
「……えっ」
「何だ」
「船を飛ばして……いいのね?」
「コックピットで他にやることがあるのか? 無駄にデカい貴様らの船で、救命活動に支障が出る前に発て」
「お願い。ネクサスへ行く前にセンターに寄らせてちょうだい――」
「――元よりそのつもりだ。
「……すぐに離陸するわ」
礼の言葉は言わなかった。それを決めるには、まだ早い。
その代わり、ルヴリエイトは筐体を全力で駆ると、操縦室へ向かって一直線に素っ飛んでいった。