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監査

「エリーちゃん! 怪我はしてない? めまいは? よく見せてちょうだい」


 周囲の安全が確保された、公園内の一角。

 臨時の駐機場が設置されたそこへ、セディク・アビオ威療士に伴われてリエリーが到着すると、見慣れたいぶし銀の機体から、こちらも見慣れた乳白色の正十二面体キューブ――ルヴリエイトが素っ飛んできた。

 早口にまくし立てつつ、ルヴリエイトが4本のマニピュレータを器用に動かし、頭の天辺からつま先まで、手早くチェックしてくる。

 そうして目立った負傷がないことを確認すると、今度は筐体のポケットから、リエリーが好きな栄養補給ゼリーを突き付けてきた。


「よかったわ。はい、これエナジードリンク。とりあえずカロリーと糖分だけ摂ってね。〈ハレーラ〉に戻ったら、食事にしましょ」

「さき寝たいんだけど」

「わかるけど、まずは栄養を摂ってからね」

「……わぁったよ」


 今すぐにでも自分のベッドへ飛び込みたい気分だが、ルヴリエイトなら、眠っていても口に栄養を突っこんでくる。その光景が容易に想像できて、リエリーは、しぶしぶメタリックなパッケージのチューブを受け取った。

 そうしてフルーティな味わいが口に広がるのを感じていると、横から視線を感じた。


「……なに。なんか変?」

「失礼。故郷の母を思い出してね。君たちを見ていると、懐かしく感じるよ」

「あら、嬉しいわね、レンジャー・アビオ。たまには顔を見せてあげてちょうだいな」

「そうするよ、支援機ルヴリエイト」

「ちょっと。その呼び方、やめてくれる?」

「どうしてだい? 僕たちが『レンジャー』って呼ばれるのと同じじゃないか。は、随行支援機なんだから――」

「――これって言うなッ!」


 気付けば、腕を振りかぶっていた。

 が、普段なら瞬時に応えてくれる昂揚感は滾らず、逆に、視界がグルグルと回り始める。

 経験したことのないその不快感に立っていられず、アスファルトに手を突くが、その灰色の大地さえ、泥のように安定せず、体中から汗が噴き出していた。


「エリーちゃん、落ちついて。深呼吸よ。……レンジャー・アビオ、手を貸してくれるかしら。船までこの子を運びたいの」

「やだ……っ! あたしに、触る、な……!」


 伸びてきた手を振り払おうとし、力を入れた拍子に体がバランスを崩すのがわかった。

 倒れる、と覚悟した矢先、力強い手が脇を持っていた。


「――見苦しいな、レジデント。子ども扱いしてほしくないなら、行動で示せ」

「ネクサスマスター・ブロント……! あなたもこちらの救援にいらしていたのですね!」

・ネクサスマスターだ、レンジャー・アビオ。ここは儂が引き継ぐ。他のレンジャーを手伝いに行け」

「了解しました!」


 耳元で交わされるやり取りが、現実味を帯びてこず、リエリーは上方向に引っ張られる力を振り払おうとする。

 が、まるで岩のような腕は、微動だにしない。


「暴れるな。倒れるな。これから、だ。しっかりしろ」

「……マスター・ブロント。ワタシがリエリーを支えますわ。ところで、監査とはどういう意味かしら?」

「アレに感謝することだ、支援機。機械に過ぎん貴様に本来、知る権限などない」

「機械って……言う、な!」

「お願い、エリーちゃん。ワタシに話をさせて。ね?」

「フンッ。機械が母親の真似事をするか。一体、いつまで家族ごっこしてる。つくづく反吐が出る」

「ワタシのことはお好きに言ってくれて構いません。ですけど、家族を傷付けるつもりなら、容赦しませんよ。たとえ、アナタでもです、マスター・ブロント」

「貴様らの家族ごっこなどどうでもよいことだ。儂は、儂の仕事をするだけだ」

「それで、マスター・ハリスの仕事とはなんです? 反吐を吐かせてでも、アナタに依頼するようなことですもの。きっと、重要なのでしょうね」

「口が回る機械だ。言ったはずだ。儂は、監査に来ている。船を見せてもらうぞ」

「ヴァイスマスターと言えど、レンジャーコードは尊重してください。救助艇の内部は、聖域指定されて――」

「――黙れ。令状が出ている。貴様らがとがでな」

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