「――はぁ……はぁ……っ。これで、5人、め……」
空高く舞い上げた涙幽者が、高速で大地へ落下し、大きな陥没を作り上げる。
精度の落ちた
そうして、「飢餓係数546。ルー、位置をマーキング」と手短に通信機へ吹き込むと、硬い声音が返った。
『エリーちゃん。もう充分よ。ネクサスの応援チームが到着したわ。あとは彼らに引き継ぐから、帰ってきてちょうだい』
「まだイケるよ。……ロカの様子は?」
『今のところは安定しているわね。ドクター・ハフナイアにも連絡したわ。「すぐに診察したい」そうよ』
「りょーかい。もうひとり、寝かしたら迎えにきて」
『駄目よ! アナタ、どれだけユニーカを使ったと思ってるの! これ以上は、許可しませんからね? 〈ハレーラ〉で行くから、そこで待ってなさい。いいわね?』
「……わぁったって」
通信を切り、額に滲んだ汗を拭う。
ルヴリエイトの言う通り、体力の消耗が激しかった。
ただ体を動かすだけなら、これからでもフルマラソンを完走できる自信はある。が、救命活動となれば、率直に言って自信がなかった。
マロカに手渡された鎮静剤はとうに使い切り、リエリー自身の〈ユニフォーム〉も、先ほど飢餓係数が低かった涙幽者の〈ドレスコード〉に使っている。だから今の服装は、ほとんど私服に近い。
〈ハート・ニードル〉自体は、デニムの腰に差してあるが、鎮静剤がない今は鋭利な刃物に過ぎない。護身のためにそれを使う、という発想はそもそも持っていなかった。
元より体格に恵まれたマロカと違い、自分には、生身で涙幽者と渡り合うアドバンテージがない。
だからこそ、ユニーカを使うことで、涙幽者たちを“無力化”してきた。それが救命活動におけるリエリーの切り札であり、唯一の武器だった。
が、ユニーカもまた、人体に備わった機能だ。
となれば、当然“燃料”が必要で、すなわち体力ということになる。
(さすがにちょっときっついかも)
いくら、普段から鍛え、並外れた体力を持っていても、無限ではない。
それに、確実に涙幽者を行動不能にするため、どのユニーカも出力は高めにしていた。
(だってのに、なんなの、あの“
そこが、体力の消耗に拍車を掛けている主な要因だ。
普段に出くわす涙幽者なら、リエリーの出力の半分もあれば、卒倒している。つまり、今の倍の数の涙幽者を相手にできるはずだった。
にもかかわらず、ここまでの涙幽者たちは、そのどれもが自分のユニーカに持ち堪えていた。
(あれって、ぜったい受け身とってたよね)
脳裏に浮かべた、一人の涙幽者。そのユニーカもさることながら、自分の一撃に対し、明らかに
先刻、マロカが注意を促した、あの氷のユニーカを使う涙幽者と同じだ。
ただただ破壊を振り撒くのではなく、こちらの動きを“見ている”かのような、まるで意志を持ったような動き。
加えて、自身へのダメージを避けていたのが、リエリーには驚きでならなかった。
(どんだけ傷づいたって、気にしなかったのに)
疑問は尽きなかった。が、今は考えているタイミングではない。
数が減ったとは言え、軽い耳鳴りがする聴覚は、未だ公園内に轟く獣声を捉えていた。
見上げれば、航空ショーさながらに救助艇が飛び交い、負傷者の収容と事態の収拾にあたっている。大げさな気がしないでもなかったが、枝部長の通達があったばかりのタイミングだ。万全を期したいのだろう。
「だったら、あたしももうひと仕事して――」
「――――」
無理に呼吸を整え、次のターゲットを見回した矢先に響いた、間近の咆哮。
思考は、それが先刻の地面へ叩き付けた涙幽者であると告げていたが、肝心の体がついてこない。普段なら無意識に跳躍をこなしている足も、蓄積した疲労が限界を超えたのか、スローモーションばりに鈍い。
その不調が、思考に空白を生み、咄嗟のユニーカの行使さえ、妨げていた。
間に合わない、という冷静な予測がリエリーの頭を掠めていき――。
「――囲めッ!」
ふいに空気を貫いた、気合いの言葉。
そこにユニーカの気配を感じ取ったのも束の間、眼前が紅く染まっていた。
それが灼熱の炎であると分析できた頃には、炎の壁は消え失せ、代わって
「君がレジデント・セオークだね? 僕は、カシーゴレンジャーのセディク・アビオ。到着が遅れてすまなかった」
「あの“
「――あれは目くらましだ。君のチームの
リエリーの傍へ駆け寄った、長身痩躯のブロンド男性威療士。その視線の先を追うと、6名の威療士が円陣を組んでいるところだった。
そうして、その中心で咆哮する涙幽者目掛け、
「“
「いいや、それはないと保証するよ。信じてくれ、レジデント・セオーク。〈ギア〉でよく見るんだ」
割って入る余力もなく、針のむしろにされた涙幽者を、リエリーはただアビオに言われた通り、〈ギア〉越しに見ている他なかった。
が、覚悟したメッセージは表示されず、網膜へ投影された情報には、【飢餓係数低下。バイタル安定化】の文字が躍った。
「……直心、穿通したわけ?」
「プロトタイプの手法だから、命名はまだなんだ。僕のチームでは、とりあえずのところ、〈ユニティ・ランサーズ〉って呼んでる」
「〈ユニティ・ランサーズ〉……」
初耳の名を繰り返しながら、目の前で粛々と〈ドレスコード〉されていく涙幽者を、ただリエリーは呆然と眺めていた。