Introduction X.歴史家ウルフビョルン著『ルカリシア全史 テーマ史 ~涙幽者と黒狼~』より
……『涙幽者』という名称は、なかなかに言い得て妙である。前述した通り、現在、急性狼化症候群として知られるこの身体変化の結果、対象は幽鬼さながらの変貌を遂げ、白泪で体毛を濡らし染める。
彼らが何故、白泪を流すのか、科学者諸氏の解明が待たれるところだが、ここに筆者の持論を示す。
白泪を涸らした時、彼らの命が尽きるのは周知の事実だ。であるなら、白泪とは彼らの『生命』そのものではなかろうか。その『生命』が涸れ果てた時、自ずと命が潰える。このように推論するならば、白泪が極めて有用な薬としての成分を含むことの説明ともなる。
他方、黒狼においては、過去も現在も、白泪の存在が確認されていない。彼らは涙幽者に極めて類似した外見を持つ一方で、白泪を伴わず、代わって、個体としては恐るべき威力の個有能力を行使する。
仮に、筆者の仮説が正しいとするならば、黒狼には『生命』という概念が存在しないという帰結に至ってしまう。であるなら、彼らを如何に定義付けるべきか。目下、世界救命基金の見解では……
※註釈……本文中には現代において差別用語となる語句が含まれるが、原文のまま記載した。