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パートナーには敵わない

「……そんな顔で見んでくれ、ルー。俺も反省しとるんだ」


 コックピットからダイニングへ、足を引きずるように歩いて行くと、『眉があがった顔』の絵文字を筐体に浮かび上がらせた正十二面体キューブが、宙空をプカプカと漂っていた。

 すぐに終わると言ってしまった手前、他に言える言葉もなく、マロカは「追いかけてくる」と告げて背を向ける。


「待ってちょうだい。今、アナタが追いかけて行ったところで、状況が悪化するだけだと思うんだけれど」

「そうだが、放っておくわけにもいかんだろう。この街も、涙幽者スペクターの出現が増えてるんだ。もしも出くわしたら……」

「ねえ、ロカ。あの子は、アナタの娘でしょう? アナタ自身の手で鍛えて、今じゃあ、平均的な威療士レンジャーの誰よりも知識があって経験豊富じゃない。いくら頭に血が上っていたとして、そのエリーちゃんが後れを取ると思う?」

「絶妙に答えづらい問いだな。自画自賛にしか聞こえん。そもそも、リエリーは君の娘でもあるんだがな」

「……その話はよして」


 せっかく和らぎを見せていた場の空気が、マロカの余計な一言によって再び、ピリッと張り詰める。

『無表情の顔』を浮かべたルヴリエイトは、小刻みな上下の揺れを見せつつ、キッチンへ向かうと、そのマニピュレータにディナープレートを乗せて戻って戻ってきた。


「捜しに行くとしても、まずは食べてからよ。アナタ、今朝から何も口にしていないでしょうが」

「朝トレの途中で出動要請が入ったからな。その後も何件か……もごっ」

「はいはい、わかってます。ワタシがこのチームの随行支援機だってこと、忘れたのかしら?」


 フォークに刺さった大ぶりのハンバーグを、話している最中に問答無用で口へ突っ込まれ、仕方なく口を閉じる。充分に余熱が残った肉塊は、むしろステーキよろしく噛み応えがあって、たっぷりの肉汁に特製のソースが絡み合い、有り体に表現しても絶品だった。


「……うん、やはり美味いな。この味は、支援機じゃ作れん」

「ふーん。それじゃあ、アタシはこのチームの何なのかしら?」

「君は、ウチの要石だな。どれだけデカい建物も、要石がなけりゃあ、建たんだろう? そのうえ、リエリーの母で俺のパートナーだ」

「……その褒め方って、微妙に複雑よね。だって、石だもの」

「ほうか? あふ…っ…」

「まあいいわ。できれば、この出来たてアツアツを、3人で食べたかったんですけれどね」

「この前買った保温機ホットウォーマーがあるだろう?」

「あんなので出来たての風味は保てませんよ」


 またしても地雷を踏んでしまったらしく、再び背を向かれたマロカは、大人しくダイニングテーブル、その椅子へ腰を下ろすと、肉をフォークで口へ運ぶ動作に専念することにした。

「はい、サラダとライス。おかわりはいつもの場所にあるわ。エリーちゃんの分は、帰ってから焼くから、鍋のハンバーグは全部食べてね?」

「ルーはどこ行くんだ?」

「こういうときは、母役の出番って相場が決まっているの。アナタは食事に集中してちょうだい。食べ終わったら、洗っておいて」

「洗うのは構わんが、俺も一緒に……わかった、わかった」


『口チャックの顔』を返され、ついにマロカは白旗の代わりに己の手、涙幽者に酷似した鈍色のカギ爪を生やした、その肉球を掲げて降参を表明する。


「よろしい。それじゃ、21時までには帰れると思うけれど、先に寝てていいからね」

「ずいぶん自信がある言い方だな。リエリーの行き先に当てでもあるのか?」

「ヒ・ミ・ツ」


 一転、『ウィンクの顔』を浮かべたルヴリエイトが、そのマニピュレータでマロカの山のような肩を叩いてくる。

 首をかしげる自分を余所に、乳白色の正十二面体は、機体の後部ハッチへとプカプカ漂っていった。

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