「――おかえり、二人とも。さあ、
「遅くなったな、ルー」
「……ただいま」
いぶし銀の塗装が施された、長方体の救助艇〈ハレーラ〉。そのサイドハッチは、主に
今、茶黒い巨体に少し遅れて、サイドハッチの
「あのさ、ルー。なんか、ロカ怒ってるんだけど、あたしのせい?」
「確かに声のトーンが“怒りモード”だったわね。ワタシはウチでずっとディナーを作ってたからわからないけれど……。エリーちゃん、何か、ロカを怒らせるようなことした?」
筐体に『思考中の顔』の絵文字を浮かび上がらせたルヴリエイトが、そう訊いてくる。
記憶を振り返らなくても、思い当たる節にすぐさま行き着いて、「はぁー……」とため息が漏れていた。
「あらあら。その様子じゃあ、大アリってところかしら。なら、覚悟しといたほうが良さそうかもね。ああいうときの彼って、結構、ガチだから」
「まじ勘弁」
「エリーちゃん。ロカがあそこまで怒ってるってことは、それなりの理由があるときよ? しょうもないことで怒る人じゃないの、わかってるでしょう?」
「わぁってる」
「ふふっ。今度は、誰と拳を交わしたのかしらね」
「アキラだよ」
「アキラ・レスカ? あの子、そんなに喧嘩っ早い子には見えなかったけれど……」
「嗾けたのは、あっち」
「ふ~ん、そう。あの子なら、エリーちゃんと良い勝負になったんじゃない?」
「それがさ――」
「――リエリー。
機内の奥のほうから名前を呼ばれ、リエリーは口をひん曲げつつ、ルヴリエイトに肩をすくめる仕草をしてみせる。そんなリエリーの肩を
† † †
「アキラのことなら、両成敗だから。向こうからスパーリングを提案してきたんだし――」
「――リエリー。レンジャー・フライが
「――っ?!」
コックピットのドアを閉めながら、一応の弁解を試みたリエリーの言葉を容赦なく遮って、養父の低い声が問うてくる。確認、というより断言に近いその言葉に、リエリーは肩をビクッとさせた。
「返事はどうした。俺は、おまえに訊いてるんだが」
「……そこまでは、思ってない」
必然的に小さくなった答えに対し、すっかり日が暮れた街をフロントガラスから眺めていたマロカが振り返る。
「思ってない? この威力でもか?」
一歩、踏み出したマロカが、左の手のひらを見せつけてくる。普段、薄い茶色をしているその肉球が、潰れ、強い衝撃を受けた証である紫色に変色していた。
「ごめん、ロカ。すぐ手当てを……」
「謝る相手が違うだろう。もう一度だけ訊くぞ。リエリー、おまえがレンジャー・フライに使おうとしたあの技、俺が万が一のときにと教えた技の応用だな? 万が一、
「……あたし、ロカを侮辱されて、それでカッとなって――」
「――
マロカの咆哮が、コックピットを震わせる。
その迫力に比べれば、
「何度も言っただろう! 俺のことをどう言おうが、そういう人間は放っておけとな。“半黒”がなんだ? “染まりかけ”がなんだ? 言いたいもんには、言わせておけばいい! 俺たちはレンジャーだ。レンジャーの使命は何だ?」
「……命を救うこと」
「ああ、そうだ。文句しか言えんもんの相手をすることじゃない。それに、口で命は救えん。俺たちは、俺たちの行動で命を救う。それともリエリー、おまえはレンジャーの使命を捨てて、口だけの人間の相手をしたいのか?」
納得がいかなかった。
もっとも聞きたくない単語が次々にマロカの口から吐き出されてきて、リエリーは耳を覆いたくなった。
胸に少しだけあった罪悪感は完全に消え失せ、ジムにいたときと負けるとも劣らない激しい怒りが湧き上がってくる。
「あたしは、ロカを侮辱するヤツが許せないんだッ! なのに、ロカはそれが間違ってるって言うわけ?」
「話をすり替えるんじゃない! 俺は、おまえの軽率な行動に腹が立ってるんだ。あんな、人の多い場所で、おまえはユニーカを使っただけじゃなく、人を殺しかけたんだぞ! いったい、何を考えてたんだ!」
「自分の家族を侮辱したクソ野郎のことだよッ! クソ野郎が二度とあんなことを言えないようにしてやるには、どうすりゃいいかってねッ!」
「それで殺して口封じか! おまえはそんな愚かな人間じゃないだろう、リエリー? 家族のことを考えてるなら、他の手もあっただろ」
「たとえば、ロカみたいに見ないフリとか? そんなの、臆病者がすることだよッ!」
言いすぎた、と自覚したときには既に遅く、怒りの炎を燃やしていた深海色の瞳に哀しみの色が混ざるのが見えた。
グッと、息を吞んだマロカが腰を屈め、先より弱い声音で目を合わせてくる。視線を合わせないリエリーに構わず、言葉を継いだ。
「……ライセンステストはどうなるんだ? もうすぐだろう。レジデントのときと違って、今回は周囲のヒアリングもあるじゃないか。もし、おまえさんが誰かを負傷させて、それを大勢が見ていたらどうなると思う? 長年の夢だったじゃないか。それを、こんな些細なことで台無しにしたら、悔しいだろ――」
「――小さくないッ!」
肩に触れようとした養父の手を手荒く振り払い、リエリーは踵を返す。
「エリーちゃん!? どこ行くの?!」
通りがかったダイニング、そこからルヴリエイトの驚いた声がしたが、今は顔を合わせる気分ではなかった。
そのまま〈ハレーラ〉の後部ハッチまで駆け、愛用のキックグライダーを引っつかんで開閉ボタンに手を叩きつける。
(ロカのわからず屋っ!)
ハッチが完全に開くのを待たず、リエリーはグライダーを起動させると、前方へと放り投げた。反重力モーターが自身の
自分の体にも風を纏わせ、グライダーへ飛び乗ったリエリーは、アクセルダイヤルを一気に噴かし、夜闇へと飛び出していった。