「……?」
予想を遙かに通り越えた驚きに晒されると、人は言葉が出なくなる。
カニス・フライ
自身の
あの言葉が、例の威療助手の弱点であるとを突き止めるのにずいぶん骨が折れたが、得意の個有能力を使うことで情報を引き出すことには成功した。
過去、同じ言葉を口にし、彼女に半殺しにされかけた相手がいたらしい。そのときは正当防衛として示談が成立したと資料にはあったが、明らかに隠された事件なのは火を見るより明らかだった。いずれ、
カニスも初めて聞く言葉ではったが、意味の察しくらいはついた。
やはり、あの威療助手は幼稚だ。威療士など、到底相応しくない。
作戦は成功し、彼女を怒らせたところまでは想定通りだった。が、その怒り方の激しさは予想を遙かに上回っていて、情けないが、その動きを全く目で追えず、ただ生存本能が『死』を告げていた。
「――速いが、ちと動線が真っ直ぐすぎじゃないか?」
目を閉じる暇すらなく訪れかけた死を、文字通り、遮ったのは自分の背丈を優に超す巨躯の背だった。その背には、自分と同じ、〈ダブルウイング〉のエンブレムがゆったりと回っている。自分のエンブレムよりも、頼もしく見えたのは、やはり背丈のせいに違いない。
「どいて。あたしは、そいつに用がある」
「いいや、ちがうな。おまえがやらなきゃならんのは、試合の決着をつけることだろ?」
巨大な〈ユニフォーム〉の背に遮られてなお、隠しもしない殺意が、伝わってきていた。膝が震え、脚は一歩も動けそうにない。
(し、死にたくないっ!)
先までの、相手を貶めるという決意は呆気なく消え失せ、今はただこの場から逃げたいという衝動だけが体を満たしている。己の命を差し出してまで、相手と刺し違えるつもりなど、毛頭なかった。
「はっは! こいつぁ、ビックリだな! みんな、ツイてるぜ! 見てくれよ、あれは誰だ? そうだ! レンジャー・マロカ・セオーク! カシーゴ・シティ随一のレンジャーにして、またの名を〈戦錠のセオーク〉! セオーク、ひと言くれよ!」
「照れるな、はは。レンジャー・レスカには、名MCの素質があるぞ? ここにいる諸君も、そう思わんか」
観客と化した見物人たちが、ドッと湧いた。先刻まで、喧嘩の野次馬でしかなかった雰囲気が、一気に一流アスリートの試合観戦のそれへと書き換えられていく。
もはや、誰もカニスの存在など気にしておらず、突如として現れた有名人に喝采を送り、彼もまた気恥ずかしげに応えつつ、次の瞬間にはあの威療助手――養娘を、山のようなその肩に抱え上げていた。
(……かなわ、ない)
威療士としてどころか、人として超えがたい差がある。
興奮に包まれた人だかりの中、カニスはただ呆然と主役たちを眺めている他なかった。