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沸点のトリガー

(落ちつけ、あたし。ちょっとだけビックリさせればいいから)


 意図的に、個有能力ユニーカを発動させた一方で、リエリーの心中は至って冷静だった。

 視界を満たしている、アキラの怒りの相貌。

 さすが、“はみだし者”のクルーたちをまとめあげているだけあって、その険しい顔つきには、見かけだけではない迫力があった。

 ふと、個有能力ユニーカを使ってアキラのドレッドヘアを動かしたい衝動に駆られ、その様を想像してしまい、「ぶっ」と笑いが漏れてしまった。


「アタシの言ってることがオカシイか?」

「ううん、ちょっとメデューサ・アキラが見てみたくなっただけ」


 寄せていたアキラの眉根が、今度は困惑の形を取る。こういう素直な一面もあるのかと、新たな気付きを得たが、口には出さなかった。

 リエリーのその沈黙を、アキラは傾聴の意思があると受け取ったのか、低い声で考えの続きを述べていく。


「搬送口に突っこむって言ったな。あの奥が何なのか、知ってて言ってんのか、てめぇ」

「ドアから涙幽者専用療養棟――養狼院の入り口まで、約12メートル。滑走路だと思えば、じゅうぶん」


 アキラの意図を察し、リエリーは記憶の中からフロアの構造を読み出すと、即座に概算。状況によって変化を伴うだろうが、パイロットとしての勘では問題ない数値だった。

 が、当然、そんな回答で満足するはずもなく、アキラは豊かな感情表現が可能な眉の動きに呆れを追加すると、嘲りの色を含ませた言葉を継いだ。


「滑走路だって? はっ! いつの時代だってんだ。いいか、レジデント。てめぇは入ったことがねぇだろが、養狼院には〈ドレスコード〉したスペクターが数十体は居んだよ。それだけじゃねぇ。昏睡してねぇヤツらも居る。そんなとこに突っこんでって、てめぇは、連鎖スペクター化スペクター・ハザードでも押っ始めつもりか?」


 アキラが並べ立てた単語は、どれも知っていた。養狼院も、マロカの同行で訪ねた回数は一度や二度ではない。

 だが、そんなことは今、どうでもよかった。

 そんなことよりも、何気なく彼女が発した言葉のほうが、リエリーには重要だった。


「……たいじゃない」

「え? 聞こえねぇぞ。いつもの虚勢はどうした――」

「――取り消せッ! スペクターは、ヒトなんだッ! モノみたいに数えるなッ!!」


 ドクンッと一拍、心臓が強く脈打った。

 と同時に、かろうじて引き留めていた個有能力の昂揚感を、躊躇なく体の隅々まで行き渡らせる。

 瞬間、リエリーの体躯が、風に同化する。

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