ヘリックス・メディカルセンターは、その名称が示す通り、
全高が543メートルに及ぶ超高層建築であり、高さがわずかに異なる3つの螺旋が、絡み合う巨樹さながらに天を突く。
奇抜なデザインと対照的に、その内部は至って平均的なフロアが数十階にわたって積み重なっているのだが、同時に渡り廊下の多さも特徴だった。デザイナーのいたずら心、というには過度に張り巡らされている、上下左右に続く、渡り廊下。一応の親切設計として、各階を結ぶエレベーターも設置されているが、慣れてしまえば渡り廊下を使うほうが手っ取り早い。
今、無数の渡り廊下の一つを、屋上を目指して迷いなく進む〈ユニフォーム〉姿に茶のポニーテールを揺らす小柄な人影も、そのうちの一人だった。
「そろそろ〈ハレーラ〉の後部ハッチ、オーバーホールどきかなあ。けっこう、ガタがきてるし」
先刻、養父の主治医と真剣な話題を交わした割に、その口から漏れる独り言は実に身軽だ。重い話題には違いないが、リエリー本人にとっては当たり前のことになっているため、ひきずるようなこともない。
来るものは、来る。
そんな達観めいた心持ちからすれば、もっと喫緊に考えなければならないことは山のようにあった。例えば、正面の曲がり角に見えた、遠目にもわかる怒り肩の、体格が良い集団のことなどだ。
「……やっぱ、くるか」
数分前、コンソールにはマロカからのメッセージが届けられていた。いわく、アキラ・レスカ威療士が自分に用ががある、と。丁寧にも、『カッカするな?』と末尾に釘を刺して。
「――レジデント・セオーク」
「なに。そんなゾロゾロ連れてないと、不安なわけ?」
「おい! レジデントのくせに、口の利き方がなってねぇぞ!」
予想通り、取り巻きの一人が早速、挑発に乗ってくれて、リエリーは少しだけ口角が緩んでしまった。
「レンジャーになっても口の利き方が相変わらずじゃん、サムサム」
「おまえっ……!」
「サム」
先頭のリーダーを追い越し掛け、だが、そのリーダーの一言で、
(よくまとめられるよね、アキラって)
本人にこそ言わないが、内心、リエリーがいつも感じていることだった。当然、皮肉でなく、純粋な感心からだ。
威療士チーム〈ファイア・マカロン〉のクルーは、少し“個性的”だ。そのことは、ことさら秘密でもなく、カシーゴ・シティではよく知られた話である。
若く、しかし、社会に馴染むことが難しい、いわゆる“はみだし者”を率先してチームに迎え入れ、規律と社会への貢献を学ばせる。それが、リエリーの真正面に仁王立ちして紫紺の双眸で見下ろし、獅子の如き宵闇のドレッドヘアを肩まで垂らした、アキラ・レスカの信念だった。
「てめぇとこのリーダーと話した。てめぇのアイディアらしいな、あのクソあっぶねぇ搬送は」
「うん。おかげで、だれも死んでない」
ミシッと、音が聞こえそうだった。ブラックコーヒー色のアキラの額に太い血管が浮き上がり、組んだ豪腕によって持ち上げられた豊かな膨らみが、いっそう主張を激しくする。
「そういう問題か? もし、てめぇがちっとばかしミスったら、あのまま駐機場にドン、だ。負傷者はどうなる」
「ならないよ。いざってときは、搬送口に突っ込めばいいんだし」
「……は?」
アキラが言っているのは、先ほどの救急搬送のことだった。
切迫した状況に際し、リエリーは負傷者を抱え、マロカの
思い返せばあのとき、エンジンを吹かしたままのアキラたちの救助艇が脇へ寄せてあった気もするが、記憶は曖昧だった。
「だから搬送口に突っ込むんだってば。あのドアは、薄いし、奥も広い。〈ユニフォーム〉で負傷者を包めばいいし」
「……てめぇはそれをあの数秒でやれるって言いたいのか。てめぇの〈ユニフォーム〉を脱いで、負傷者をくるんで、狭いドアへ突っこむって?」
「そう言ってんじゃん。あたしならできる。似たことなら、前もあったし――」
「――ふざんじゃねぇッ!」
吹き抜けの多い渡り廊下に、よく響く怒声だった。
と同時に、救命活動で皮膚が厚くなったアキラの手が、リエリーの胸ぐらをつかんでいた。
「救命活動を何だって思ってやがる! 遊びじゃねぇんだぞ。てめぇのミスで負傷者が死ぬんだ! それを馬鹿みてぇな発想で呑気に言いやがってッ!」
「放して。一度しか言わないから」
「はっ! 放さなかったらどうするってんだ、え?」
全身を独特の昂揚感が駆け巡り、瞳が黄金色に、染まる。