目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

探し人

「……ねえ、アナタ」

「ん? どうした、ルー」


 救命活動の搬送を完了し、その名が示す通り、三重螺旋構造を示したヘリックス・メディカルセンター、その屋上駐機場へ向かう道中。

 屋上駐機場は威療士たちの専用スペースとなっていて、救急センターからそこへ向かう長い渡り廊下からも、ひっきりなしに離着陸を繰り返す救助艇の明かりが夜空を行き交っていた。あの中では、生と死が混在し、取り留めた命がある一方、尽き果てた命もある。

 そんな、機械に過ぎない自機が思考した詩的な表現を脇に追いやって、ルヴリエイトは横を歩く茶黒い巨躯の低い返事を待ってから続けた。


「きょうのエリーちゃん、何だか、いつもと違わないかしら? 何ていうか、心ここにあらず、って感じに見えたんだけど……」

「君がそういうなら、そうだろう」

「真面目に訊いてるのよ?」


 伸ばしたマニピュレータで思わず、豪腕をペシリと叩いていた。無論、この程度で痛がる彼ではないが、敢えてだろう。木の幹のような二の腕を、キャッチャーミットと紛う巨大な手掌で擦りながら、


「いや……そういう意味ではなくてな」

「じゃあ、どういう意味よ」

「君は認めないが、紛れもなくあの子の母親だ。母親がそう感じたのなら、それは間違いない、という意味だよ」

「ワタシは、あの子の母じゃないわ。ワタシは、ただの随行支援ユニットよ。人間ホモ・ルプスの母親になれるわけがないじゃない」

「そのことはともかく、だ。俺も、リエリーの感情の“揺らぎ”が大きいと感じたよ。いつもの八つ当たりかとも思ったが、違いそうだな」


 マロカの言葉ではないが、彼がそう言うのなら、ルヴリエイトに異存はない。こと、感情の把握・読み取りに関して、この相方の右に出る者はいないからだ。


「思春期、ってことでもなさそうよね。アナタ、そういう話は聞いた?」

「おいおい、あるわけないだろう。俺との会話なんぞ、ほとんど全部、救命活動に関するものだって、ルーも知っているじゃないか」

「そうよねえ……。彼氏彼女でもできたのかと思ったけれど、違うっぽいし」

「彼女なら、会ってやる。彼氏なら、まずはスパーリングで俺に三連勝してからだな」

「それでレンジャーライセンスが剥奪されたら、一生、恨まれるわよ、アナタ」

「ハハッ。だな。となれば。やはり原因は……」


 互いに意見の一致を見たところで、ルヴリエイトは前方から近付く複数の足音を検知していた。歩き方の特徴から人数まで考えると、相手が誰かは一目瞭然だった。マロカもとうに気付いたらしく、アイコンタクトで『どうするよ』と問いかけてきていた。


(丸投げなのね。アチラさんはどっちかっていうと、アナタの言葉が聞きたいんだと思うけれど)


 そうこうしているうちに渡り廊下の向こうから、その一団は姿を現した。

 人数は9名と、レンジャーチームにしては大所帯だった。〈ユニフォーム〉を着崩した下には、さらに着崩した作業服に似た、ダボッとした色とりどりのファッションを身に付けており、奇抜という印象が拭えない。

 そんな集団が、肩を揺らしながら足早に近付いてくると、こちらが視界に入ったのか、一瞬、驚いたような顔が並んだ。


「チーム〈FM《ファイア・マカロン》〉の諸君、ご苦労。パトロールの帰りかな」

「……レンジャー・セオーク。お疲れっす。希望Beたれgood hope.

 真っ先に口を開いたのは、ドレッドヘアを短く編み込んだ、緑の瞳を持つ体格の良い少女だった。心臓に拳を打ち付ける威療士式の敬礼をし、半拍置いて、その背後に並んだクルー全員が、同じ敬礼を倣った。

「丁寧な挨拶に感謝する、レンジャー・レスカ。そしてクルーの諸君。だが、俺たちは同僚だろう。敬礼は不要だ」

「了解。……レンジャー・セオーク」

「どうした?」

「アタシら、人を探しているんだ。できれば、居場所を教えてほしい」

(あらあら、若いわねえ。それじゃあ、ほとんど自分から言ってるようなものじゃない。相手の口を割らせたいなら、もっと相手を焦らさないと)


 リーダーであるレスカを含め、チーム〈FM〉の全員が、緊張感と苛立ちを全身から漏れ出させていた。その姿に、ルヴリエイトはなるほど、と無いはずの腑に落ちる納得感があった。

 同じ納得を得たのだろうマロカのほうは、と考え、筐体を向けると、たっぷり考える素振りを取ってから、口を開いた。


「ふむ。そいつは――うちのレジデントだな?」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?