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最終話 ヒューマニティを探して

「悪い仲間とつるんじゃダメじゃないか、クレアぁあァ……!!」


 蹴られた左肩を押さえながら、ビストが唸る。

 しかしすぐに理性を取り戻し、冷淡に吐き捨てた。


「いや、もうこんな出来損ないをクレアと呼ぶ必要もないか。もうすぐ本当のクレアが蘇るのだから」


 ビストは立ち上がり、デイジーとナオシの隠れた部屋に体を向ける。

 パルフェが歩き出す彼の脚を掴んで叫んだ。


「やめてお父様、それだけは!」


「くどい!」


 ビストは娘を振り払い、部屋の扉を開ける。

 デイジーとナオシは彼を見るなり、両手を挙げて降伏宣言をした。


「あたしたちの負けです」


「僕らの愚かな行いを、どうか許してほしい」


「ようやく理解できたか。私の娘への愛情が」


 ビストは鼻を鳴らし、デイジーの腕を掴んで引っ張り上げる。

 なすがままにされる彼女の内部機関を、不意に激しい痛みが襲った。


「ッ!?」


 アプリケーションや外部サイトへの接続が絶たれ、脳内を大量のエラーが埋め尽くす。

 同じ状態に陥ったパルフェが、苦痛を堪えながら尋ねた。


「お父様、一体何を」


「お前たちの通信を切断したのだ。何か妙な真似をしでかさないとも限らないからな」


「中々用心深いね……」


 目的達成に王手をかけてなお油断をしないビストの強かさには、さしものナオシも舌を巻く。

 ハリーだけに通信を繋いで、ビストは高らかに勝利宣言をした。


「私の勝ちだ、ハリー! 貴様の娘たちを預かった。返して欲しければ、アンドロノイド基本法第4条第3項を改正すると約束しろ! 拒めばこいつらの命はない! ……いい返事を待っているぞ」


 脅迫声明が終わり、室内は冷え切った空気に包まれる。

 長い沈黙の末、玄関扉から乱暴なノックの音が響いた。


「ハリーか。入れ」


 ビストは扉を開け、不躾な来客を迎え入れる。

 しかし彼の高揚は、手錠の冷たい感覚によってかき消された。


「ビスト・イミテイシア! 児童誘拐と脅迫の容疑で逮捕する!」


「なっ……バカな!? 離せぇ!」


「大人しくしろ!!」


 ビストは慌てて抵抗しようとするが、警官によって即座に取り押さえられる。

 苦し紛れに踠きながら、彼は現状を理解できずに頭を振った。


「何故だ、お前たちの通信は完全に遮断した筈」


「いや、君は一つだけ切り忘れていたんだ。この僕、ナオシの通信回線をね」


「バカな! 人間に通信機能があるものか!」


 ビストが叫ぶ。

 ナオシはアンドロノイドと同じように左目から光を発し、立体映像を投影した。

 この部屋の様子を現在進行形で配信しているノートパソコンが置かれた、自室の映像を。


「ハリーにパソコンを貰った日、僕は奥歯にその起動スイッチを仕込んでおいたんだ。そしてこのパソコンは、僕の脳波と同期する!」


 ビストがデイジーたちの通信を切った後、ナオシはパソコンを起動した。

 そして自分の視界を共有し、脅迫声明を全体に公開したのである。


「通信遮断の影響はあくまでこの部屋だけのもの。自室にある僕のノートパソコンだけは、その効果を受けなかったのさ」


 もはや逆転の目はないと悟ったか、ビストは力なく崩れ落ちる。

 警官に連行されていく父の酷く小さな背中に、パルフェは声を振り絞った。


「お父様!!」


 今にも潰れそうなその声に、ビストは一瞬だけ足を止める。

 しかし振り向くことはなく、彼はデイジーたちの前から姿を消した。


「……終わったね」


 デイジーの言葉に、二人は静かに頷く。

 ナオシの目を見据えて、彼女は深々と頭を下げた。


「酷いこと言ってごめん。それと、助けてくれてありがとう」


「こちらこそすまなかった。君と違って、僕には血の繋がった家族がいないから……それで嫉妬してしまったんだ」


 ナオシは気恥ずかしそうに後頭部を掻く。

 そんな彼の手を取って、デイジーは快活に笑いかけた。


「大丈夫。世界中のみんなが、ナオシの家族だよ」


「デイジー……」


 無性に照れ臭くなって、二人は微妙なはにかみ笑いを浮かべる。

 いつの間にか復活していたパルフェが、手持ち無沙汰に揺れるナオシの空いた手を掴んだ。


「あら、わたくしをお忘れじゃなくて?」


 三人は足並みを揃えて、呪われた屋敷を後にする。

 そして一連の騒動などまるでなかったかのように、日々は過ぎ去っていった––。


「やっぱりつまんないな。学校は」


 パルフェと並んで廊下を歩きながら、デイジーは退屈そうに伸びをする。

 彼女の頬を突いて、パルフェが突き当たりの教室を指差した。


「ふふっ、あちらに面白いものがありますわよ」


「……確かに、ありゃ面白いね」


 生徒指導室で泣きながら夥しい量の反省文を書いているレネの姿を覗き見て、二人はニヤニヤと笑う。

 そして下校する途中、デイジーはかつてナオシを匿った空き教室の前で足を止めた。


「どうしましたの?」


「いや……ナオシのこと、思い出しちゃって」


 映画を撮り終えた翌日、ナオシは別れの挨拶もなく忽然と姿を消した。

 彼の出自を巡る騒ぎは全て揉み消されたようで、学校では単なる転校として処理された。

 ナオシの噂をする者はいなくなり、街から彼の痕跡は完全に消失してしまった。

 三人で撮った、あの映画のみを除いて。


「ねえ、またあの映画館行かない? あたしたちで撮った映画、大スクリーンで観ようよ」


「ふふっ、賛成ですわ」


 デイジーとパルフェは校舎を出て、かつて三人で訪れた映画館に向かう。

 ナオシの忘れ形見であるノートパソコンを挟んで、二人は座席に腰かけた。


「さあ、始まるよ」


 館内の照明が消え、映画の本編が始まる。

 スクリーンの中で躍動する三人が、同時に題名を告げた。


「ヒューマニティを探して」







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