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第8話 家族、愛

 真っ白な光に刺されて、ナオシは目を覚ます。

 人肌に温いベッドに身を委ねるながら、彼は上手く働かない頭で状況を整理した。


「……そうだ、僕は撮影の途中でパルフェに刺されて」


 小道具のナイフに何か細工してあったのか、或いはただ段取りを間違えただけなのか。

 いずれにせよ、仲間に無事を伝えなければならない。

 ベッドから身を起こそうとしたナオシを、聞き慣れた女性の声が制した。


「まだ動かないで。傷口が開きますわよ」


 パルフェだ。

 パルフェは冷却シートをナオシの額に置き、包帯を新しい物に取り替える。

 甲斐甲斐しく手当てをする彼女の背中に、ナオシが礼を言った。


「君が助けてくれたのかい? ありがとう」


「元はわたくしのせいですから、これくらい当然ですわ。あっそうそう、ここはわたくしの家ですから、好きに寛いで下さいまし」


「ありがとう。……驚かないんだね、僕の正体を知ったのに」


 ナオシが不思議そうに言う。

 パルフェは震えた調子で答えた。


「あなたがアンドロノイドでなくても、お友達であることに変わりはありませんもの」


「そう言ってくれると嬉しいよ。それより、デイジーに無事を伝えたいんだ。君の方から」


「できませんわ」


 ナオシが言い終わるより早く、パルフェは彼の申し出を拒絶する。

 戸惑うナオシの眼前で、パルフェは部屋の鍵を締め切った。


「今あなたの無事を知られては困りますもの」


 友人の酷く冷たい声に、ナオシの背筋が凍りつく。

 逃げようとする彼を拘束し、パルフェは真実を告げた。


「全てはわたくしとレネの策略ですわ。レネが小道具のナイフを本物にすり替え、わたくしが撮影に乗じて突き刺す。完璧だったでしょう?」


 膂力で勝るパルフェに締め上げられ、ナオシの手首が俄かに鬱血する。

 ナオシは苦痛に顔を歪めながら、パルフェを問い詰めた。


「どうしてっ、こんなことを」


「わたくしが自由になるためですわ!」


「話が見えないな。僕の正体を暴くことと君の自由に、何の関係がある」


 パルフェは唇を噛み、ナオシの拘束を解く。

 そしてカメラアプリを起動し、膨大な数の記録映像を見せつけた。


「これが……関係ですわ」


 アンドロノイド技術の普及を待たずに死んだ少女クレア。

 その代用品としての振る舞いを強いられてきた、パルフェのこれまでの日々。

 現状を変えようというレネの囁き。

 そして変革の矛先には、ナオシがいた。


「あなたこそハリー・ベルの犯した不正の証拠! それを暴けばハリーは失脚し、アンドロノイド基本法は改正される。死者を基にしたアンドロノイドが作れるようになれば、クレアを蘇らせることができる! そしてわたくしは、自由の身になれる……!!」


 本当の娘としてビストの愛を受ける自分を夢想し、パルフェの口角が上がる。

 真っ白な天井に笑い声を放って、彼女は酷薄な声で言った。


「どうか恨まないでちょうだいね、ナオシ」


「恨みなどしないさ」


 予想外の反応に、パルフェの思考が停止する。

 手酷い裏切りを働いた相手を恨まない道理を、彼女の演算では導き出せない。

 普段と変わらない冷静な態度で、ナオシはパルフェの抱える矛盾を指摘した。


「今の話を聞く限り、ビストが愛しているのはクレアだけだ。例え君がクレアの代わりから解き放たれたとして、彼が君自身を愛してくれる可能性は0に等しいと思うよ」


「そ、そんなことは」


「あるさ。君がビストから愛されるには、彼の未練を断ち切るしかない」


「……演算っ、演算はしましたの? シミュレーションは? 解析は照合は処理は!?」


 パルフェは鬼気迫る勢いで畳み掛ける。

 ナオシは少し間を置いて言った。


「できないさ。僕はアンドロノイドではないからね。でも、彼女がやってくれる」


「彼女って……」


 パルフェの言葉を遮って、下の方から大きな足音が響く。

 そして聞き慣れた勝ち気な声が、二人の耳に届いた。


「お邪魔します!!」


 デイジーは挨拶もそこそこに、ナオシを探してリビングに上がり込む。

 背中を丸めて生前のクレアを記録したアルバムを見ていたビストが、緩慢な動きで振り向いた。


「随分乱暴な客人だな」


「パルフェの友達のデイジー・ベルです! あなたはパルフェのお父さんですか?」


「私は『クレア』の父、ビストだ」


「クレアって誰……? まあいいや。あなたの娘さん、ここに友達を連れてきませんでしたか? 背の高い男の子で、怪我をしてて」


「知らないな」


 ビストは淡々と答えるが、広場からこの館まで続く血の痕をデイジーはハッキリと目撃している。

 その画像を突きつけると、ビストは舌打ちと共に吐き捨てた。


「……クレアならそんなミスはしない」


「だからクレアって何なんですか?」


「私のただ一人の娘だ。君がパルフェと呼んでいるのは、それを模した人形に過ぎない」


 ビストの言葉で、デイジーの眉間に皺が寄る。

 静かに込み上げる彼女の怒りに気づかぬまま、ビストは愚痴を溢すように語り始めた。


「君の父がふざけた法律を定めたばかりに、私は娘をこの世に蘇らせることができなかった。機械の体なら病に蝕まれることも、傷つけられることもないというのに」


「アンドロノイド基本法第4条第3項。死者を人格の基盤としたアンドロノイドを製作することを禁ずる」


「それだよ。私はその法律を改正する。愛する娘と共に過ごすために」


「……父が言ってました。これは人間の尊厳を守るための法律で、だから変えられないって。それに、パルフェだってあなたの娘じゃないんですか?」


「ほざくな!」


 ビストは目を剥いて反駁する。

 怯むデイジーに詰め寄り、本性を曝け出して叫んだ。


「あいつは娘でも何でもない! 本当の娘が来るまでの代用品かわりだ!! クレアが帰ってきた暁には、廃棄処分にしてやる!」


 クレアがどんな人物かは分からない。

 だが、パルフェにはパルフェの夢があり、価値観があり、人間性ヒューマニティがあることは分かる。

 逆に冷えた頭に浮かんだ言葉を、デイジーは率直に吐き出した。


「何か勿体ないですね、そういうの」


 もうこの男と交わす言葉はない。

 それより早くナオシと仲直りをして、パルフェに感謝を告げなければならない。

 デイジーが気付いた時、彼女の体は二人の元に走り出していた。


「通さん!!」


 ビストは大柄な体躯を広げ、デイジーの行く手を遮る。

 階下で始まった攻防戦の音を聞きながら、パルフェは力なく崩れ落ちた。


「そんな、やっぱりお父様は……」


「パルフェ。やはり僕は、三人の友情を決裂させるのは得策じゃないと思う」


「何を言ってるんですの? わたくしたちの間に、もう友情なんて」


「あるさ。デイジーがそれを信じる限り」


「……何を根拠に」


「僕がそう望むから」


 自分の心に何処までも真っ直ぐなナオシの姿が酷く眩しく見えて、パルフェは思わず顔を逸らす。

 しかし光は、彼女を捉えて離さなかった。


「君もそうなんだろう?」


「……わたくしは」


「本当に全てが計画通りなら、君は僕とデイジーの喧嘩を助長した筈だ。でも君は僕たちを仲直りさせようとした。それは、心の何処かで『止めてほしい』と願っていたから。違うかい?」


 本心を見透かされ、パルフェは俯く。

 もはや全ての誤魔化しは無駄と悟り、彼女は顔を上げて叫んだ。


「その通りよ! 裏切ったのに止めてほしいなんて、馬鹿な考えなのは分かってる! やっぱりわたくしは、最低な」


「友達だ」


 ナオシはきっぱりと答える。

 彼は微笑んで手を差し伸べた。


「最低で馬鹿なのはお互い様さ。それよりも、友達の悩む姿を見過ごせない。……力になりたいんだ。駄目かな?」


 何があっても変わらない博愛の情。

 それはパルフェが渇望し続けたものであり、ビストの元では絶対に得られないもの。

 その暖かな奔流に包まれた時、パルフェの心はようやく氷解した。


「駄目なわけ、ありませんわ……!」


 頬を濡らす冷却水を拭いて、パルフェはナオシの手を握る。

 掌から伝わる温もりを感じながら、彼女は扉の鍵を開いた。


「ようやく倒れたか。父親に似てしぶとい奴め」


 火花を散らして倒れたデイジーを見下ろして、ビストは荒く息を吐く。

 ひしゃげた椅子を静かに置いて、彼はデイジーの首を締め上げた。


「そうだ、お前を人質にしてやろう。幾らハリーでも、子供への情くらいは残っている筈だからな」


「……な」


 デイジーは反論しようとするが、思うように声が出せない。

 心は焦っているのに、体だけが妙に怠く重い。

 充電切れによく似た感覚を、二人分の声が切り裂いた。


「デイジー!!」


 パルフェが階段から飛び降り、落下の勢いを乗せたキックでビストを弾き飛ばす。

 すかさずナオシがデイジーの肩を庇い、彼女を別室へと避難させた。


「大丈夫かい?」


 部屋の充電装置にデイジーのプラグを接続し、電力を回復させる。

 僅かに元気を取り戻したデイジーが、弱々しく頭を下げた。


「ありがとう……。ナオシごめん、あたし」


「仲直りは後でしっかりやろう。それより今はビストだ」


 今後の命運がどうあれ、まずは暴走するビストを止めなくてはならない。

 ナオシは腕を組んで考え込んだ。


「彼と正面から戦ったのでは、3対1でも勝ち目は薄い。一体どうすれば……」


「じゃあ戦わなきゃいいんじゃない?」


 デイジーはあっけらかんと呟く。

 そしてナオシに耳打ちし、その言葉の意図する所を伝えた。


「なるほど……面白いね」


「でしょっ!」


 二人は悪戯っぽい笑みを浮かべ、手の甲を突き合わせる。

 イミテイシア邸から遠く離れた研究所で、ナオシのノートパソコンが音もなく起動した。









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